風車の食堂の庭師は季節の仕事を分け合う

風車の食堂の庭師は季節の仕事を分け合う 第24話「第22章」

拍手は風車の羽根の音と混ざって、食堂の天井を震わせていた。カウンターに並んだ陶器のコップが、拍手の振動に合わせて静かに鳴る。窓の外、低い夏の光が風車のブレードを金色に縁取り、影が床にゆっくりと滑っていく。

拍手は風車の羽根の音と混ざって、食堂の天井を震わせていた。カウンターに並んだ陶器のコップが、拍手の振動に合わせて静かに鳴る。窓の外、低い夏の光が風車のブレードを金色に縁取り、影が床にゆっくりと滑っていく。

「僅差だったけど、よかったな!」

ミナが声を上げると、周囲から歓声が起きる。人々は互いに肩を叩き合い、テーブルの上には祝杯のコーヒーや小さなケーキが並んだ。風車の食堂は仕事着のままの顔、子どもを抱いた親、白髪交じりの町会長――さまざまな人の声で満ちていた。

ハルはカウンター端に寄りかかっていた。右手には、いつもの古い柄のスコップ。使い込まれた木の柄は、彼が几帳面にオイルを塗ってきた証で、指の腹に温かさと少しの油の匂いが残っている。今日一日の騒ぎと、その前の夜通しの作業が重なり、肩がだるかった。けれどもそれ以上に、胸の奥に引っかかった熱があった。誰かが笑うたび、彼にはその笑顔の裏側にある疲労の断片が瞬きするように見える――今日も、昨日も、投票の直前からずっと。

「控訴の話は出るよ」と、スーツの男が満面の笑みで言った。薄手のネイビーの背広、整えられた髪。オオツカ。投資家側の代表だ。彼は拍手に合わせて短く手を振り、しかしその目は冷たく光っていた。「今日はおめでとう。ただ、法的な手続きは残っている。こちらとしては上申する可能性があるとだけ……」

周囲の祝賀の熱が一瞬、ひやりとする。だがすぐに誰かが冗談を言って場はまた和む。ハルは息を吐き、カウンターの木目を撫でるようにしていた。彼の指先が触れたスコップから、ほんの短い光の粒がひらりと浮かんだ。誰にも見えない薄い光。ハルにしかわからない、小さな魔のようなものだ。

「ねえ、今日もやらないの?」とミナがカウンター越しに訊ねる。彼女は厨房の主で、笑うと頬のしわが柔らかくなる。風車の食堂の中心で、料理と人をつなぐ役を担っている。

ハルは短く笑って首を振った。「今日は、もう無理だよ。」

だが、厨房の奥から近所のパン屋のアヤが顔を出した。投票結果を聞きつけて駆けつけたらしい。彼女の手には小さな袋。目の下のクマが濃い。ハルの中で、働き過ぎた人の影がふっと立ち上がる。彼は無意識にスコップを持ち替え、柄を磨くように手を滑らせた。磨かれた木に、ふっと浮かび上がるようにして、アヤの一日が薄い青い帯となって現れた。帯は短く波打ち、焼きあがったパンの山と、早朝の暗闇で立ち続けた街路灯の映像をひとつに繋いでいた。

アヤが目を見開く。「あ……これ、私?」

周りの人が不思議そうに寄ってくる。ハルは言葉を選んだ。「これを使ってみて。いつものパン切りのナイフでいい。今日はこれで交代を声に出してみてくれ。」

アヤは手袋を外し、いつものナイフに手を添えた。ナイフが生地を切るたび、青い帯は細かく震え、最後には小さな星のような光を残して消えた。アヤは目に涙をいっぱい浮かべながら、深く息を吐いた。「私、今朝、誰にも休んでって言えなかった。これ見たら言える気がする。」

拍手の音がもう一度上がった。だが、その拍手はハルの胸の奥の不安をかき消すには至らなかった。彼はこの力を、風車の食堂に出入りする人々のために使ってきた。手入れした器具や食材が、人の疲れを「一度だけ」見える形にする――それは救いでもあり、重い責任でもある。しかし、彼には守るべきルールがある。急ぎ過ぎると力は消える。代償として、彼自身が休めなくなる。

今日、彼はそれを破りかけていた。

投票の前日から、ハルは道具を次々と磨いた。理髪店のはさみ、魚屋のまな板、祭りの提灯。人々の不安を少しでも和らげたくて。自分がいれば――そう思うあまりに、彼はいつもより素早く、たくさんのものに手を入れていった。最初は小さな欠片の可視化が、彼の中で重なっていった。喜びの声と同じ数だけ、見えない疲れが彼の中に積もった。

「ハル、顔色がよくないよ」リンが近づいてきた。地域の若者で、庭仕事を手伝ううちに仲間になった。彼女の手はざらついていた。リンはいつもながら真っ直ぐな眼差しでハルを見つめる。

彼はわずかに笑ったが、笑顔は震えていた。「睡眠がね、うまく……」

「もうやめよう。今日で終わりにしようって話じゃなかったっけ?」とタクマが言う。タクマは建築現場で働いている。大柄だが声は穏やかで、状況を俯瞰する力がある。彼がテーブルに置いた新聞の一面には、条例可決の見出しとともに小さく「投資家、控訴の可能性あり」と印字されていた。

オオツカが近づいてきて、低い声で言った。「君たちの勝ちを祝うのは構わない。だが、法は長い。圧力はこれからだ。景観保全や共同運営の実効性を法廷で問われれば、あなた方も準備が必要だろう?」

彼の言葉は祝いの空気に冷たい水を注いだが、それ以上にハルの胸に響いたのは、目の前にいる人たちの顔だった。勝利を祝う笑顔。それと表裏一体の疲労。彼は手のひらの震えを抑えるようにスコップを握り直した。

「僕が全部やれば、見える。でもその代わりに、僕が壊れてしまう」とハルは静かに言った。「この力は、‘一度だけ’だから。誰かを助けた瞬間に消える。それを何度もやると、消えるだけじゃない。僕自身が眠れなくなる。体が休まらなくなるんだ。もう二日、まともに眠れていない。」

テーブルの空気が一瞬止まった。ミナがそっとコーヒーを差し出す。その湯気がハルの顔を温め、彼はそれを手に取ると指先が冷たく震えた。

「だったら、分けよう」とミナが言った。声は低く、しかし確かな決意がこもっていた。「一人で全部背負わない。風車の食堂も、町も、私たちみんなでやるんだよ。ハルが道具を用意して、それをその人の担当が受け取る。使うのは自分の時間の中で。無理はしないで、交代でチェックする。そうすればハルだって休める。」

リンが頷き、タクマも両の拳を軽く握った。「季節の仕事を分け合う、ってそういうことだろ?春は苗の移植、夏は水やりの見回り、秋は収穫の記録、冬は道具の手入れ。それぞれの役割に‘見える化’が要る時だけハルが手を入れる。だけどその頻度はみんなで決める。」

「僕、最初は全部やりたかったんだ」とハルは吐露した。「誰かの代わりに働いてしまう方が簡単で、結果もすぐ出る。けれど、その結果は一回きりで、根本を変えない。人が自分の疲れを見て、それを判断する場所が必要だ。僕がいなくても、互いに声をかけ合える仕組みを作らないと意味がないんだ。」

ミナはスコップの柄にそっと手を当てて言った。「じゃあ、やろう。私がまずは一週間のローテを作る。店の常連にも声をかける。タクマは行政と詰めて。リンは若い人たちのシフトを組んでくれ。アヤ、パン屋は朝の交代の合図を作って。ハルはその合図が、見えるように手入れをしてくれればいい。」

アヤは涙を拭って笑った。「私、休み取るわ。誰か必ず来てくれないと焼け石に水だけど、これならみんなで回せるかも。」

そのとき、入口のドアが軽く開き、郵便配達員が一通の封筒を丁寧に掲げた。食堂の掲示板に誰でも見られるように貼られた紙が、風に揺れる。ハルはそれを見て硬くなった。

封筒の中には、投資家側が申し立てたという「差し止め仮処分申請」の写しが入っていた