古井戸の村の配達員は隣人の朝を守る

古井戸の村の配達員は隣人の朝を守る 第4話「第3章」

相良の作業小屋は、朝の光を板の隙間から細い筋にして取り込んでいた。木屑の匂いが鼻をくすぐり、木製の鉋(かんな)が削るときの低い唸りが壁に反響する。堤は、荷車の縁に肘を預けて、相良の手元を見つめていた。相良は黙々と匙の柄を磨き、時折指先で槽(くぼ)を辿っては満足そうに唇を歪める。

相良の作業小屋は、朝の光を板の隙間から細い筋にして取り込んでいた。木屑の匂いが鼻をくすぐり、木製の鉋(かんな)が削るときの低い唸りが壁に反響する。堤は、荷車の縁に肘を預けて、相良の手元を見つめていた。相良は黙々と匙の柄を磨き、時折指先で槽(くぼ)を辿っては満足そうに唇を歪める。

「うまくいったか?」と相良が尋ねる。彼の声はいつもより穏やかで、切れ端の山からは彼の手が一瞬見えた。

堤は答えずに木の匙を受け取った。表面が丁寧に仕上げられていて、指に吸い付くようだった。光が匙の木目に沿って走る。そのとき、堤は小さく息を吐いた。ここで黙っているより、言葉にしないと皆が動き方を誤る——そう思ったのだ。

「聞いてほしいことがある」と堤は言い、皆の視線を集めた。相良のほかに、パン屋の中島、朝市で果物を並べる菜月、それに年齢の近い数人が作業台を囲んでいた。屋根から落ちる雫が小屋の床に小さく跳ねる。

堤は匙を差し出すように持ち、掌に触れた瞬間どうしても目を逸らせなかった。掌と木の間に、ふっと白い光が浮かんだ。光は一度だけ、柔らかく脈打つように揺れ、相良の削りかすがくしゃりと落ちる。誰かが小さく囁いた。堤はそれを見て、落ち着いて話を始めた。

「これ、僕の仕事の――力だ。ちゃんと説明する。簡潔に言うと、手入れされたものに触れると、その物を使う人の『疲れ』が一度だけ、見える形になる。光と一緒に、顔色や動きに出る前の影みたいなものが浮かぶんだ。」

言葉を濁してはいけない。堤は自分の声を低く保ち、まっすぐ相良の目を見た。相良は匙を返し、少し手をさすって表面を確かめた。

「見えるって、どういう?」と中島が訊く。パンの香りがした。中島の手のひらはいつも粉で白い。

堤は小屋の外で、朝市の準備をしている朝子の家を思い浮かべた。昨夜、朝子が玄関でうずくまっていたのを偶然見た。年寄りの足が弱ってきているのは村の共通認識だ。堤はそれを思い出し、静かに答えた。

「色や陰のようなものが浮かぶ。息づかいが少し遅くなるとか、手の震えの残像が見えるとか。誰かが『朝がしんどい』って言う前に見える。だけど、何度でも見えるわけじゃない。使う瞬間に、その一度だけしか現れない。」

相良は匙をじっと見つめたまま、指先で柄を弾く。その動作はまるで、言葉が本当に信じられないかのようだ。菜月が小さく笑いながら、からかうように言った。

「それって、魔法みたいね。便利じゃない?朝の準備、全部解決できそう。」だが堤の表情は暗かった。

「万能じゃないんだ」と堤は続ける。「禁止がある。僕が急ぎすぎると――力が消える。効果そのものが、ぱたりと消えるんだ。ほんの短い時間で、なかったことになる。で、代償もある。使った後、僕は長く休めなくなる。疲れが抜けにくくて、次の日も体が重い。戻らない日もある。」

その言葉に場が沈む。相良が匙を持ち直した。彼は職人の指で柄を撫で、静かに口を開いた。

「試していいか?」その声は少し震えていたが、決意が混じっていた。相良の顔には、村を捨てられない理由が刻まれている。彼が作る道具は自分の手の延長だ。堤の言葉は、相良の手にあるものを試そうという衝動に火をつけた。

「うん。構わない」と堤は答え、匙を相良に差し出した。相良が柄を握ると、また光が生じた。先ほどより強く、匙の木目が白く震える。相良は笑った。相良の手元から削りかすがすうっと舞って、彼の腹の前に丸い塊になって落ちた。いかにも手仕事の証が、空中できらめいた。

「見えた?」と菜月が身を乗り出す。相良は黙って頷いた。

「朝子さんのところで使ってもらおう」と相良が言った。「今日の朝に朝子さん、具合悪そうだったって聞いたから。匙を渡せば、何か見えるかもしれない。」

堤の胸の奥が重くなった。助けるなら今だ。だが彼は言葉を選んだ。自分が先に動けば、間違いが起きる──急ぎすぎて力が消えることの危険だ。現実的な判断が、感情を押さえる。

「いい。でも」堤は息を吸ってから続けた。「急がないでほしい。慌てて渡すと効かない。相良の匙は手入れされている。だから使う人の疲れが一度見える。だが、僕が走って何とかしようと先回りしたら、その光は出ない。――それで、僕は後で長く動けなくなる。」

言葉の最後に、堤は自分の手のひらを見た。指先がふるえるような気がした。過去に一度だけ、その禁止を破ったことがある。あのときは、急いで少女の薬を届けようとして、途中で力が消え、薬を飲んだ後に彼女が眩暈を起こした。幸い大事には至らなかったが、堤はその夜、眠れずに朝を迎えた。それは単なる自己責任の話ですませられるものではなかった。

中島が唇を噛む。彼もまた、自分のパンを待つ客を想像していたのだろう。肩越しに外を見ると、古井戸の方から井戸端の賑わいが微かに見えた。古井戸はこの村の中心であり、朝を始める合図でもある。堤は目をそらせずに言った。

「僕は告げる。これができるってことと、できないことも。仲間に任せてもらいたい。『助けられる朝』を作るために、急がないでほしい。みんなの判断で動いてほしい。」

相良は匙をしっかり握り、首をかしげた。彼は自分が作ったもので誰かの朝が変わるかもしれないという期待と、堤が抱える代償への懸念との間で揺れていた。しかし彼の決意は固かった。

「分かった」と相良が言った。「じゃあ、朝子さんの家で、穏やかに試そう。今すぐは行かない。堤、あんたも来てくれ。慌てないで、落ち着いて見たいんだ。……もし駄目でも、匙は戻す。俺の作業は、誰かの役に立たせたいだけだ。」

堤はその言葉に小さく頷いた。仲間の自律した判断が、彼の負担を分け合う道になると直感したからだ。だが、その瞬間、屋外から中島の息が荒くなるのが聞こえた。誰かが急に走ってきて、小屋の扉を乱暴に開け放ったのだ。

「朝市で、隣の工藤さんが倒れたって!」駆け込んできた青年が、手を振りながら言う。顔は青ざめ、汗で額が光る。工藤は体の弱い男性で、毎朝早くから畑に出る。彼が倒れたなら、ただちに助けが必要だ。

堤の心臓が跳ねた。条件と代償を誰よりよく知る自分が、今すぐ動くべきかどうか。相良は匙を胸元に抱え、誰より早く向きを変えた。

「行くぞ」相良が低く言った。彼の目には初めて恐れが見えたが、同時に決意が燃えていた。「堤、来い。落ち着いて。無理はするなよ。」

堤は走り出した。小屋の外で土の匂いと朝の冷気が肌を刺す。だが足を踏み出すそのとき、頭の中で警鐘が鳴る。急ぎすぎると、力は消える。足の速度を落とす指示と、倒れた隣人を今すぐ助けたいという衝動がぶつかり合う。

彼は深く息を吸った。選択は目の前にあり、どちらの選択にも代価があった。堤は相良と中島、菜月たちの顔をちらりと見た。彼らはそれぞれに決断を下すべき目をしていた。

行くのか、留まるのか。堤は喉を鳴らし、次の瞬間、自分の足をさらに前に進めた。慌てる心の一方で、彼は力を失わないように呼吸を整えた。だが第一歩の直後、胸に鈍い痛みが走り、光が喪われる感覚がした。その感覚は一瞬で、しかし確実だった。堤は言葉を失い、走る速度が落ちた。

「堤!」相良の声が後ろから飛んできた。だがもう遅い。