新聞の宮廷書記と敵役貴公子は断罪舞台を降りる 第27話「第二部幕間」
朝日のまだ冷たい薄さが、印刷所の鉄と油の匂いを薄く透かしていた。活版の金属盤が規則正しく打たれるたび、黒いインクの匂いが波紋のように広がる。マリエルは机に肘をつき、指先に付いたインクを爪で拭いながら、長い紙の束を見下ろしていた。紙は昨日の罪から一夜を経て、今朝また別の顔を得ようとしている。だがその顔は、誰の意思で作られるのか――それが今朝の重さだった。
朝日のまだ冷たい薄さが、印刷所の鉄と油の匂いを薄く透かしていた。活版の金属盤が規則正しく打たれるたび、黒いインクの匂いが波紋のように広がる。マリエルは机に肘をつき、指先に付いたインクを爪で拭いながら、長い紙の束を見下ろしていた。紙は昨日の罪から一夜を経て、今朝また別の顔を得ようとしている。だがその顔は、誰の意思で作られるのか――それが今朝の重さだった。
「ここに、彼ら全員の署名を載せる。透明にするのよ」ローザが紙を差し出しながら小声で言う。下女出身の侍女は、まだ手が震えていた。印刷所の木の床に彼女の靴が小さく鳴る。
アルマンが重いインクローラーを押しながら顔を上げる。「そんなことが可能なら、始めからやればよかった。だが……王令がある」
「王令は文章だ。読み方は一つじゃない」マリエルの声は冷えていた。彼女の目は、先日見つけた古い条文の綴じ目に残る、小さな墨の擦れを思い出している。あの擦れが、文の余白を生み出していた。彼女はその余白を他者の合意で埋める方法を知っていた。合意読み替え――当事者全員の明示的な同意があるとき、条文は別の意味を獲得する。だが条件がある。強制は禁じられている。その禁止の代償が何たるかも、彼女は身を以て知ることになる。
「それで、署名が揃えば舞台の文言を和らげられる。公示すれば、群衆の目も少しは違う」ローザの唇がかすかに震える。
「公示すると、記事が回る」アルマンが言葉をつないだ。「回った先で誰かがそれを曲げれば、全部台無しだ」
「ならば、曲げさせない。印刷所から配給の段取りまで押さえる」マリエルはそう言ってから、自分の胸にある小さな箱を触った。箱の蓋には三つの小さな穴が空いていて、中には薄い象牙札が三枚、すらりと並んでいる。彼女はその札を人前で取り出すことは滅多になかった。だがここでは、誰にも見せる必要があった。
「選択札を出すのか」編集官エドワルの声が低くなる。彼は古い体質の男で、秩序と劇性に生きていた。彼の目は札を羨むように見つめる。「それは、最後の手段だろう」
マリエルは静かに首を振った。「違う。これは誓いの印。私がここで当事者と交わす合意は、全部公開する。誰が何に同意したか、紙面に残す。透明性があれば、強制の余地は減る」
署名用の紙が回され、ローザの震える筆跡が並ぶ。隣の侍女がためらいながら親指を押し付けると、インクの匂いに混じって紙に刻まれる湿った音がした。マリエルは、読み替えを行うために三人の当事者の明示的な言葉を録る。彼らの声が、低い合唱のように印刷所の空気を満たす。
だがそのとき、外から叫びが聞こえた。配達係の若者が紙束を抱えて戻り、青白い顔で駆け込んでくる。「姫様、広場が……あの、反対派の別刷りが回ってます。『偽りの署名』って見出しで――あっちの方が先に撒かれました!」
紙が一瞬、冷たくマリエルの掌を刺した。彼女はその紙束を受け取り、広げた。別刷りは粗い活字で煽る文面を並べていた。写真の代わりに加工された肖像が貼られ、下には「新聞部が裁きを捻じ曲げる」と断じる一文。配達の先は、彼女の家門の方角。父の屋敷はすでに人の気配でざわつき始めている。
「誰が先に撒いたんだ?」エドワルが声を荒げる。インクローラーの音が急に耳につく。アルマンの手元が滑り、ローラーから僅かなインクが床に落ちる。
マリエルは選択札に触れた。三つの象牙札がひんやりと肌に馴染む。代償の意味を、彼女はまだ完全に把握していない。だが実効があることは確実に分かる。誰かの運命を一方的に決めたとき、必ず自分の選択肢が一つ消える。消え方は、形に因ることが多かった。人によっては記憶の頁が一枚消える者もいる。誰かは好きだった場所に二度と戻れなくなる。
広場での暴力は一気に高まる兆しを見せていた。別刷りの紙が群衆の中で火槍のように使われ、扇情の炎を一層大きくしている。マリエルがやろうとしているのは、公示して同意を示すこと。しかし既に独立した紙の波が先回りしている。ここで彼らの署名だけを載せても、群衆の「真実」は変わらないかもしれない。
そのとき、扉が開き、冷たい光を纏った男が入ってきた。金糸の縁取りがある黒い外套、腰には蒼い家紋の紋章。貴公子セリウスだ。彼の足音は、乾いたベルのように静かに床を響かせる。
「マリエル・アルムンド」彼は名を呼び、そして俯いた紙束を見てわずかに口元を緩めた。「また面白いことをしているな」
その声には非難とも興味ともつかぬ色が混じっていた。セリウスは、舞台の演出役として知られる男でありながら、表向きは秩序の護持者を自称している。だが彼は、本心で制度を楽しんでいるようでもあった。
「別刷りが――誰が?」ローザが問い詰めると、セリウスは手を挙げて制した。「それはどうでもいい。お前が何を印刷するかが問題だ。だが、私は面白い取引を提案しよう」
「提案?」マリエルは身構える。セリウスの近づくたび、油と金属の匂いがより強く感じられる。彼の目は紙面を滑り、先の署名用のページで止まった。
「お前は合意読み替えができる。私も条文の余白を見つけた男だ。だが私は、今日の舞台を廃する気はない。いや、むしろ舞台の中で、新しい筋書きを構築したい。ただし、私の立場がある。私が公的に動くには、私自身の名誉において不利になる。そこで――先に公示して『舞台の即時中止』を謳ってしまうのはお前にとって魅力的だろう。ただし、条件がある」
彼は一歩近づき、低くささやいた。「その中止は、私が『貴公子としての特権』の一部を自ら放棄することを伴う。私が同意する。だがもしお前がそれを、公示だけで済ませるために――大衆の同意を取らず一方的に条文を改めるなら、お前は何かを失う。お前の札の一枚が、消えるだろう」
セリウスは微笑んだ。笑顔に残る刃を、誰もが感じ取った。マリエルは既にその代償を知っていた。だがセリウスの提示は複雑だった。彼が自らの特権を削ることに同意するなら、当事者の合意は成立する。つまり代償を払わずに、舞台を変えられるはずだ。だが本当に彼を信じていいのか。彼の同意は公に何をもたらすのか。
「あなたの言葉は、公に出ますか?」エドワルが問うた。印刷所の奥に立つその影が、そしらぬ顔で黙っている。
セリウスは一枚の小さな紙を取り出して折りたたみ、マリエルに差し出した。封の裏には、彼自身のサインと家紋が施されている。封を切れば、彼の言葉は公的効力を持つだろう。だが紙の先には、一行の付記があった。「条件:読み替えの効果は、当事者の故意による同意をもって成るものとする。故意なき署名は無効。無効な場合は読み替えを行った者の選択肢を一つ消去する」
その条項は、条文の罠を逆手に取ったものだった。セリウスは自分の名誉を賭けているのか、あるいは別の目的があるのか。マリエルは封を握り締めた。手の中で、札の一枚がひんやりと反応する。代償がすぐに訪れるような予感が、胸を締めつける。
ローザの目が潤む。「どうするの、姫様?」
紙の匂い、インクの冷たさ、床に落ちた別刷りの紙片のざわめき。選択は迫っていた。公に彼の同意を掲げれば、舞台はその場で変わる。だがもしそれが演技だったと後に判明すれば、マリエルは札