裁縫の宮廷書記と敵役貴公子は後宮の税を改革する 第12話「第11章」
陽が高く差し込む大広間の縦長の窓は、薄布を通した光で埃を銀に染めていた。糸屑のように舞う粒が、イリナの周りを静かに回る。彼女は両手に抱えた帙(ちつ)を膝に置き、指先で封じられた縁を撫でる。帙の革は古く、裁断の跡に幾筋もの直線が走っていた。針で縫い合わせられた痕跡が、何かを残そうと必死だった手の存在を語る。
陽が高く差し込む大広間の縦長の窓は、薄布を通した光で埃を銀に染めていた。糸屑のように舞う粒が、イリナの周りを静かに回る。彼女は両手に抱えた帙(ちつ)を膝に置き、指先で封じられた縁を撫でる。帙の革は古く、裁断の跡に幾筋もの直線が走っていた。針で縫い合わせられた痕跡が、何かを残そうと必死だった手の存在を語る。
「始めます、皆——」イリナの声は、縫い針が木板に当たるような確かな音を帯びていた。瞳は疲れているが、針先のように鋭い。客席はいつになく満ちていた。後宮の女官、家系の代官、幾人かの貴族、そして宰相ヴァルゴとその随行。保守派の影は大きく、空気に重みを与えている。正面の高座には、公子レオンハルトが白い手袋を外して背筋を伸ばしていた。彼の指の関節に、薄く灰色の糸が絡みついているように見えた。
ミラがそっとイリナの肩に触れた。糸の摩擦音に続いて、針金でできた小さな箱がぶらりと揺れる。タラスは壇上に向かって一歩前に出て、無言で周囲を睨んでいる。その視線は、イリナにだけではなく、会場全体に針を向けていた。
「これは原本だ」とイリナは帙を開ける。紙の匂いが、汗とロウソクの匂い混じりの大広間に濃く広がった。古い墨の匂い、羊皮紙の渋み。光は紙面の上の折れ目を走り、そこに刻まれた文字が針のように浮かび上がる。数行目に、改ざんの痕跡がある。誰かが後から線を重ねていた、筆跡が重なり合い、別の語を作っていた。
「ここの語句が、本来の徴税権を限定している」とイリナは静かに読む。言葉は訴状のようではなく、布地の織り目の説明のように具体的だ。対象は"後宮に仕える者たち"。対象者の意思による同意を以て、税の基準を定めるとある。つまり、当事者全員の同意が不可欠なのだ。
客席がざわめく。ヴァルゴの唇がうすく動き、レオンハルトは眉を寄せた。保守派の何人かは顔色を変え、隣の者と小声でやり取りをしている。だが、最も重要な人々が座っていない。後宮の女たち──縫い子、食事係、侍女、かつては声を押し殺されていた人々の席は、空いている。彼女たちが同意しない限り、文言は効力を持たない。
「ここに示されたのは、当事者たちの選択だ」とイリナは声を低める。しかし会議はそれでも続けられ、ヴァルゴは顔をゆがめた。「だが、その文書に先に示された手続きはもう廃されている。我々は新しい慣例を持っている。古い約束に縛られるわけにはいかん」
言葉は毒を帯びていた。保守派は何度も慣例という名を持ちだし、旧を覆す。イリナの胸の中で何かがきしむ。彼女は帙の中からもう一枚、小さな布切れを取りだした。裁縫箱の中でいつも使っている、薄い絹製の四つ折れだ。そこには小さな刺繍があり、彼女が子供の頃に母から教わった目印が縫われている。イリナはその縁に指をかけ──
「当事者全員の同意だ。ここにいる、そしてここにいるはずの人々の同意が要る」と彼女は言葉を噛みしめるようにして繰り返した。「だが、もしその場にいない当事者が命を以て黙らされるなら、それは同意ではない。力による決定だ」
保守派の一角で、何かが動いた。扉が乱暴に開き、数人の筋骨隆々の男たちが突入した。短剣の銀の刃が日光を受けて冷たく反射する。歓声でも怒号でもない、鉄の音が会場に落ちた。混乱が生まれる一瞬の後、喚声と子供のような悲鳴が割れる。タラスがすばやく動き、男たちの一人に手をかけて引き寄せる。だが、その反動で別の刃が迂闊に出され、タラスの袖を切った。血がにじむ。その瞬間、誰かが、壇上に押し上げられていた女官の一人を−連れていこうとした。
「捕らえろ、声を上げさせるな!」宰相の影が命を下したように動いた。保守派の目的は明白だった。重要な当事者をその場から消し、文書の効力を阻む。彼らは以前も同じ手を使っていた。改ざんされた記録を証拠として出し、物理的に対象者を黙らせることで、合意の条件を満たさなくする。
「やめて!」イリナの声は鋭利に割れて、大広間の空気を裁つ。彼女は立ち上がり、帙ごと抱えて壇上に向かった。しかし腕を伸ばしたその瞬間、男の一人が女官の首に布を巻き、無理やり連れ出そうとした。タラスの動きを阻む者が二人、三人と増える。イリナは手近の椅子を引き寄せ、跳ね除けようとしたが、保守派は円陣を作り、外部から守るように女官を押し立てる。
時間は速度を変えず、だが極端に重くなった。イリナは胸の内にある小箱──彼女が「選択箱」と呼ぶものを取り出した。外見は古びた針入れに過ぎなかったが、その中には細い糸が何本も整然と巻かれている。糸は色と手触りが違い、一目で彼女が何を示すか分かる。赤、藍、銀、黄。それぞれがかつて彼女が作り出した合意の"予備の可能性"だった。誰かの運命を一方的に縫い上げる時、彼女はその中の一本を引きちぎり、代償として自分の選択肢を失う。長年、その規則は彼女の手の感覚に刻まれていた。
タラスが男を押し倒し、その腕を振りほどいた。血が広がって彼の袖を濡らす。目の前で女官の唇が青ざめる。もし彼女を連れ出せば、合意は永遠に得られないままになる。合意がない限り、旧文書の効力は表面にとどまる。推移は保守派の側にあり、後宮の者たちの自由はさらに縮む。
イリナの指が箱に滑り込む。糸の一つをつまみ、ゆっくりと引き出す。手に伝わる糸は冷たく、彼女の掌に剃刀で刻まれるように痛む。引き出すと同時に、箱の中から微かな音が鳴った。それは布地を裂くときの低いすすり泣きのようでもあり、扉が閉まる音のようでもあった。周囲の音が一瞬、遠くなる。イリナは糸を噛み切った。音は鋭く切り裂くように小さく響き、切断面から細かな煙のような光が上がった。
「止めろ!」タラスが叫ぶ。彼は女官の手を必死に掴んで引き戻した。男たちの腕が空を切り、女官はその腕を振りほどいてタラスに抱きついた。刃は床に落ち、誰かがそれを踏んだ。騒乱は一瞬にして収まる。大広間の中で、時間が静止して胸の中の鼓動だけが聞こえるようになった。
イリナは気づいた。胸の端で、何かが確かに閉じた。視界の隅にあった未来の片が、手の中でひとつ消えた。小さな空洞が彼女の内側にでき、冷えが広がる。右胸の奥に刺さった針が、ゆっくりと回るような感触。代償は払われた。タラスは助かった。女官は泣きながら息を整え、会場に座り込み、震える手で自分の胸を押さえている。
だが代償は見える形で報いとして現れた。イリナの視界の色が一瞬変わり、彼女は自分の手元にあったもう一本の糸を確かめた。以前は四本あったはずの糸が、今は三本に減っていた。引きちぎった糸の先には、彼女の文字で小さく刺繍された未来の記憶があった──誰かと共に城を出ること、あるいは裁判で自分が被告となるのを避けること、裁縫以外の生活を選ぶこと。今、どれか一つが確実に奪われた。だがどれかが消えたか、イリナには分からなかった。糸は色も柄も消えて、手の中に残ったのは断面だけだった。
レオンハルトが立ち上がった。顔は白く、指は震えているが、その声は穏やかだった。「イリナ、你(きみ)は何をした?」
「彼女たちを連れ去らせないための一時の措置」とイリナは答えた。答えると同時に、彼女は帙を広げ、元の文書を壇上の明かりの下に置いた。光は墨の行間を滑