肖像画の悪役令息は恋愛フラグを無視する 第25話「第23章」
石畳に足音が跳ね返るたび、肖像回廊の壁面から古い漆喰の匂いが立ち上る。重い紫の布が回廊の一角を覆い、縁には儀典長の印章が蝋で押されていた。蝋のひびに陽光が刺さり、封鎖された空間は静謐というよりも押し付けられた沈黙だった。人々はその前で立ち止まり、ひそひそと声を交わす。筆と絵馬を持った地方代表の一団が、布の手前に並んでいた。彼らの前には、まだ乾いていない油絵の画面がいくつも並ぶ。未完成の顔、途切れた衣装、荒い筆致。だがそのキャンバスには、絵筆の乾いた匂いに混じって、短い文章や宣言が割り当てられていた。
石畳に足音が跳ね返るたび、肖像回廊の壁面から古い漆喰の匂いが立ち上る。重い紫の布が回廊の一角を覆い、縁には儀典長の印章が蝋で押されていた。蝋のひびに陽光が刺さり、封鎖された空間は静謐というよりも押し付けられた沈黙だった。人々はその前で立ち止まり、ひそひそと声を交わす。筆と絵馬を持った地方代表の一団が、布の手前に並んでいた。彼らの前には、まだ乾いていない油絵の画面がいくつも並ぶ。未完成の顔、途切れた衣装、荒い筆致。だがそのキャンバスには、絵筆の乾いた匂いに混じって、短い文章や宣言が割り当てられていた。
「これが、封鎖だと?」儀典長ラゼルの声が回廊の端から低く響いた。黒い礼服の布が光る。彼の側には数人の儀典局員が控え、顔に倦怠と自信が混じる。彼らは、肖像が制度の一部であり、舞台が筋書きを紡ぐのだと信じてやまなかった。その信念が、今日ここを封じる正当な理由になっている。
「これは、私たちの選択です」地方の一人、アドンという名の男が胸を張って言った。アドンのキャンバスには、婚礼衣装を拒むように手が裂かれた絵があった。筆跡は乱暴で、怒りを抑えたような硬さが残る。「俺は、誰かの筋書きに合わせて生きることを拒む。ここに、私が選ぶと書いてある」
周囲からさざめきが上がる。ラゼルは笑いともつかぬ吐息をもらした。「肖像は記録だ。君が何を望もうと、宮廷の定めた役割が先にある。封鎖は秩序のためだ。分かるだろう、コル?」
人々の視線は自然と立っている一人へ集まる。コル。彼はここに来る前に、自分で何度も問い直していた。自分の能力、条解(じょうかい)と呼ばれる力の限界と代償を。条解は古い条文の字面を再読みし、当事者全員の合意があるならばその意味を変えることができる。だが、もしその読み替えを一方的に命じるならば、彼は自分の"選択"の一つを永久に失う。失われた選択は二度と戻らない。見た目には何も変わらないが、彼の胸にはいつも、小さな冷たい欠片が増えるようだった。
コルは絵の並ぶ台に近づき、未完成の肖像に指先を触れた。油の冷たさが指に残る。キャンバスの上に描かれた目は、まだ生乾きで、見る者の光を吸い込むように深い。アドンの隣には、若い女性ミラの肖像。キャンバスには彼女自身の言葉が、小さく鉛筆で書かれていた。「私は、歌をやめない」。歌は彼女の町の伝統であり、宮廷の慣例は歌う女性を貴族の婚姻に供するものだと決めていた。
ラゼルは近づき、皮手袋越しに一つの封蝋を指で撫でる。「ここで私が決めよう。あなたたちの宣言は、肖像審査の違反だ。回廊は封じられ、これらは公式な肖像として扱われない。戻るがいい」
代表たちはそれでも壇上へ上がることをやめなかった。ある女老人が、佩刀を外して肩にかけた。古い世代ほど、己の選択を守るために血が滾るものだ。彼女の絵は、両手を合わせている子どもの姿を描いており、そこには「私たちの子は職を選ぶ」とあった。
コルは自分の力を使うために必要な合意を確認した。真正面からの合意。全員の同意があれば、条文は新しい読みを得る。だがラゼルは誰か一人を封じ、手続きそのものを止めようとしている。規則の解釈を変えるには、少なくともこれらの代表と儀典局の双方の合意が必要だった。合意は見当たらない。手がかりは一つだけ――彼自身が、条解の一回の"強制"を行使できることだ。しかしそれは代償を伴う。彼は既に二つの"選択"を失っていた。残るは数えるほどだ。
「コル、無駄だ」セラが小声で囁いた。彼女は側に立ち、軍帽の縁に雨の雫を残している。セラはいつも直感で動く。今日もまた、彼女は自分で動き、仲間の代弁者として行動していた。「強制を使えば、一つ、また奪われる。あなたはそれでもいいの?」
コルは微笑んだが、その笑みは硬い。「奪われることを恐れて、誰かの自由を奪わせるわけにはいかない。だけど、今ここで人々が再び沈黙させられるのを見ているわけにもいかない」
彼は自分の胸に手を当てた。そこにあったのは、見えない数珠のようなものだった。あるときにはそれが冷たくなり、あるときは熱を帯びていた。代償を引き受けるたびに、その一つが音もなく消えるのを感じていた。今日はまた一つ、消える必要があるのだ。
ラゼルが喉を鳴らした。「よかろう。ならばやってみよ。我々が認めぬ限り、何も変わらぬ」
コルはゆっくりと右手を掲げ、古い文書入れを開いた。中には、宮廷の古文書、条令の写し、古い肖像制度の成り立ちを説明する書簡などが詰まっている。彼はそれらを前に置き、代表たちと儀典局員の顔を交互に見比べた。「条解は合意の下にのみ働く。だがこの場の封鎖は、あなたがたの合意を物理的に奪っている。私は、その奪還のために一つの約束をする」
ラゼルの眉が上がる。周囲の空気が凝縮した。
「もし私がこの封鎖を意味論的に解き、ここに掲げられた肖像が持つ宣言を効力として認めるために条解を用いるならば、その効力を担保するために、私自身が一つの選択を放棄する。私が放棄するのは――」彼は言葉を途切れさせ、指で自分の左手の付け根を押した。みんなの視線がその手に注がれる。「私の未来の一つ、私が自らに許した道の一つを、永久に閉じることだ。それを以て、私の読み替えが強制力を持つことを保証する」
一瞬の静寂。だがそれは誰かの同意の静寂ではなく、驚愕と恐れの混じった沈黙だった。儀典局員の一人が痰を吐くように笑った。
「独りよがりの英雄ごっこか。君の遊びで皆の運命が左右されるのは認められぬ」
しかし地方の代表たちは顔を強ばらせながらも、前進の意志を固める。ミラが一歩出て、目を光らせた。「コル、あなたがそれをするなら、私たち全員で宣言する。あなたの代償を、無駄にしない」
コルは深く息を吸った。冷たい石の空気が肺を刺し、舌先に鉄の味がした。手の中の数珠の一つがきしむように鳴った。代償の存在はいつも抽象的だが、今は確実に身体の中へと広がる。彼は選択を一つ失う。その代わり、条解は一回、彼の意思で、強制的に制度の縛りを剥がすことができる。だがその強制は他者に対する断定的な運命付けであり、彼の禁止に引っかかる行為でもある。つまり、彼は規則の内側で罠を踏むことになる。
「よし」とセラが小声で言った。「私たちも宣言をする。みんなで合意を書き記す。強制の後は、私たち自身がそれを維持する。コル一人の手に負わせないで」
代表たちは頷いた。アドンは拳を握りしめ、女老人は杖を床に突いて声を震わせながらも言った。「私の孫に、職を選ぶ自由を」
コルは書類の上に手を置き、古文書の一節をつまむように指で撫でた。条解は言葉を再配列し、意味をずらす。彼はその力を用いる。だが同時に、彼は自分の胸の奥で何かを放してしまうような感覚に襲われた。冷たい弦が切れるような音が頭の中に響いた。左手の付け根にあった一つの選択の糸が、音もなく断たれた。
その瞬間、封蝋の一つが割れ、縫い込まれていた布がひるがえした。蝋の亀裂に陽光が差し込み、回廊の奥の暗がりへと射す。ラゼルの顔が毒気を帯びた。「何をした」
コルの声は低かったが震えはなかった。「ここにある誰もが、自らの肖像に記した選択を公に宣言する権利をもつ。審査の対象とはするが