劇場の悪役令嬢は侍女たちの人生を守る

劇場の悪役令嬢は侍女たちの人生を守る 第21話「第19章」

木漏れ日が劇場の高い窓から長い筋を描き、壇上のテーブルを斜めに照らしていた。観客席は満ち、革靴の甲や裾を擦る布の音が低く重なっている。誰かが咳をすると、場内の緊張にひびが入るように聞こえた。リラはテーブルに置かれた羊皮紙を見つめた。端は古く、墨の朱がところどころに残っている。公の場に持ち出された「手続き」の原本だ。

木漏れ日が劇場の高い窓から長い筋を描き、壇上のテーブルを斜めに照らしていた。観客席は満ち、革靴の甲や裾を擦る布の音が低く重なっている。誰かが咳をすると、場内の緊張にひびが入るように聞こえた。リラはテーブルに置かれた羊皮紙を見つめた。端は古く、墨の朱がところどころに残っている。公の場に持ち出された「手続き」の原本だ。

「では次に、イリーナ・ヴァルデンの宣言を受理します」
評議官バルドの声が冷たく響いた。彼の顔は影に沈み、観客席の顔をひとつひとつなめるように見た。

イリーナは立った。彼女の背は細く、侍女の制服は彼女に似合うほどに痩せていた。両手は膝の前で震えている。彼女の指先が羊皮紙の巻き上がった端に触れると、会場の空気が止まった。細密なカメラのように、観客の視線が彼女の手の震え、唇のきしみ、白い指の節目を追った。

「私は、自分の選択権を放棄します」
声は低く、言葉が砂を噛むようだった。手は、膝からゆっくりと伸び、イリーナ自身が用意した宣言の文に掌をつけた。宣言は公記録としてのフォーマットを備え、最後の行には宣誓の印押のための空欄があった。

マーヤの瞳が瞬いた。ソフィアは椅子に深く座り直し、爪を爪先に押し当てるようにしていた。エロイーズは口を開けたまま、言葉を見つけられない。

「何を――イリーナ、待って」
ヘレナが立ち上がった。侍女長の声は震えていたが、それは怒りとも哀願ともつかない。彼女はイリーナの腕を掴もうとしたが、イリーナは手を振りほどいた。腕の皮膚がくすぐったいほどに白く浮いて見えた。

イリーナの声は静かだった。だがその静けさは刃のように鋭かった。
「私はもう…もう待てないんです。誰かが私のために声を張り、私の死を背負う必要はない。私が選ばなければ、私の人生はこれ以上誰かの脚本にならないようにする。それが私の意志です」

会場の一角から、低い呟きが波のように広がった。ある者は賞賛の目を投げ、ある者は戸惑いと嫌悪を露わにした。公の場での自己放棄は、制度にとってはむしろ歓迎すべき行為だ。そうした行為は制度の正当性を裏付け、後宮の筋書きを永続させるからだ。

バルドはペン先を指で回し、冷ややかに微笑った。彼の机の引き出しに差し込まれた短い針金鍵がカチャリと音を立てた。
「公の宣言は、法的効力を持つ。あなたの意思が確認されれば、これをもって処理を進める」

声が出たのはソフィアだった。彼女は立ち、前に進んだ。ソフィアの手は硬く握られ、小さな血豆が爪の脇に赤く滲んでいた。彼女はイリーナの前に跪くようにして背丈を低くしたが、目は何よりも真っ直ぐだった。

「イリーナ、あなたは私たちの仲間です。選択権はあなたのものなのに、どうして自らそれを捨てる?――それが自由への道なら、私もあなたの気持ちは理解します。でも、その放棄が『正しい』というわけではない。誰にもあなたを取り上げる権利はない」

イリーナの指先が紙の上で微かに震えた。汗が指の付け根ににじむ。彼女はソフィアを見て、手の震えを押さえながら言った。
「あなたたちの言葉は、私を縛るためにある。あなたが誰かを守ろうとする言葉は、ときに私を消すために使われる。私は、自分の声で終わりたいのです」

場内の空気がまた波打った。牢獄のような静けさ。リラは椅子の背に寄りかかるのをやめ、前に身を乗り出した。羊皮紙の冷たさが指先に伝わる。彼女は知っている、この場で宣言が受理されれば、多くのことが不自由になる。だが彼女の役割は、ただ救済の結果を出すことではなく、手続きそのものを透明にし、各人が自分の意志で選べるようにすることだった。

リラは深く息を吸った。喉の奥で過去の味がした。あのとき、彼女は一人で決めた。誰かの運命を押しとどめるために、文書の一行を「読み替え」、強引に事態を変えたことがあった。あのとき、代償が彼女のものを一つ奪っていった。今もその痕が彼女の手の中にある。指先にへばりつくような重み、思考のどこかにぽっかりと空いた穴。言葉では言い表せない――何か選べるはずだった道が彼女の決断で消えたのだ。

彼女は立ち上がり、静かに言った。
「イリーナ、皆。ここが試金石です。あなた個人の決定は尊重されねばなりません。ですが、この場での『公の放棄』が、他者の選択肢を奪う装置になるならば、それは手続きとして間違っています。羊皮紙をただ受理するのではなく、私たちは手続きの意味を共に照らし合わせる必要がある」

バルドが鼻で笑った。
「あなたは意思決定の専門家の真似事をしているつもりか、リラ・アウレン。読替えが可能だと?」

リラは答えず、羊皮紙に手を伸ばした。触れると皮の表面がざらりと指に食い込む感触がした。彼女は自分の能力を用いるときに、いつも小さな儀式のような動作をした。相手の目を見る。言葉を重ね、同意を取る。全員の合意が得られなければ、文言は表向きのまま――だけれど、合意があれば、矛盾は別の道を向くことができる。

「まず、イリーナ、あなたが本当にこれを望むかを確認したい。あなたが自らの意思で放棄するのか、それとも恐怖や圧力に屈しているのか。この場の同意が必要です。全員の同意を得れば、私はこの文書の解釈を提示します。合意のない読み替えは、あなたの言葉を奪うことになります。それは私がしてはならないことです」

イリーナの目がまた揺れた。彼女は口元に手を当て、長い間、息を整えた。やや間をおいてから、口を開いた。声は震えているが、そこに確かな決意があった。
「私の意思です。私が、私自身で……」

その言葉に、場内の反応は二分した。拍手もあれば、嘆声もあった。だが誰よりも強く反応したのは、評議官の書記が紙をめくる音だった。彼は書類の欄外を指で辿り、小さな書き入れを見つけた。墨は新しく、誰かが書き足したのだ。書記は顔色を変え、バルドに耳打ちした。

バルドの口角が歪む。
「興味深い。宣言者の意思は尊重される。だが、既にこの宣言が制度内での別の手続きと結び付けられている文脈があると書き込まれている。これが受理されれば、連動する他の条項が自動的に発動する。例えば、所属の再編や、後見制度の再配置などだ」

それは巧妙な罠のように聞こえた。イリーナの放棄は個人の自由のようでいて、実際には多数の人々の選択肢を固定する歯車になりうる。誰かが影で動き、宣言を制度の安全弁に仕立て上げようとしているのだ。

マーヤが飛び上がるように叫んだ。
「そんなこと、させるものか! イリーナが本当に望んでいるなら、私たちはそれを尊重する。でも、制度の連動で誰かが利用するなら、私たちは阻む!」

エロイーズは顔を真っ赤にして握り拳を作った。観客席の一部で、貴族の子弟が鼻で笑うのが見えた。彼らにとっては面白い見世物だ。人々の人生が、劇場の演目のように扱われる。リラはその笑いを聞いて、唇を引き結んだ。怒りが体の中に熱を作るが、彼女は感情を抑え、仕事に集中した。

リラはイリーナの方へ歩み寄った。彼女の手は羊皮紙をすくい取るようにして、紙の余白に触れた。皮膚が冷たい。リラの内側で、かつて失った選択肢の記憶がうずく。もし今、彼女がこの紙面に自分一人の意志で