星詠みの悪役令嬢は弟を玉座から遠ざける 第15話「第13章」
天窓のガラスが、夜風に震えて小さく金属音を立てた。エヴェリンは指先で星図をなぞりながら、冷えた羊皮紙の縁に残る煤の匂いを吸った。暗青のドームに刺さる星たちの光は、ここでは古い文字のように並んでいる。彼女はその光を読み、条文の行間に潜む矛盾を探していた。指先の先で、紙に描かれた小さな星印がちらりと光る。いつもならそれが彼女の意思を補助してくれる——だが今夜は時間がなかった。
天窓のガラスが、夜風に震えて小さく金属音を立てた。エヴェリンは指先で星図をなぞりながら、冷えた羊皮紙の縁に残る煤の匂いを吸った。暗青のドームに刺さる星たちの光は、ここでは古い文字のように並んでいる。彼女はその光を読み、条文の行間に潜む矛盾を探していた。指先の先で、紙に描かれた小さな星印がちらりと光る。いつもならそれが彼女の意思を補助してくれる——だが今夜は時間がなかった。
「窓の外が騒がしい」
窓の向こう、王都の広場から遠い太鼓の音が伝わってくる。遠くで誰かが叫び、群衆のざわめきが波になって届く。エヴェリンは星図を押し込み机の引き出しに放り込み、寒さで固くなった肩を回した。
「ソレンか。あいつがまた、何かやったのね」
声は低かった。ナヤが、草の繊維で編まれた外套を肩にまとって立っていた。彼女の髪は潮の匂いを帯び、指先にはまだ握った書簡の跡が残る。顔つきに焦燥と決意が混ざっていた。
「私がいても間に合うのか?」
ナヤは唇を噛んでから首を振った。「間に合うかどうかはわからない。でも、あなたが必要だ。あの子——フィオン殿が今夜、朝の誓いに縛られる。王の側近たちが儀式の形式を正しく整えている。『星詠みの誓い』は文面が古くとも、手続きが正しければ無効にできない。私たちが合意で読み替える時間は残されていない」
エヴェリンは手を伸ばし、ナヤの差し出す折れた封筒を受け取った。中には粗い羊皮で作られた書類が一枚、油で汚れた紐で綴られている。ナヤの家名の印が消えかかって見えた。
「これは?」
「家族からの担保、あなたに預けるつもりだった。動かすための証言と、偽りの更新を作る手が必要だった。私は……代価を払った」
ナヤの声が細く震えた。彼女の瞳の奥に暗い海が見える。エヴェリンは封を裂かずに嗅いだ。紙の匂いの後に、硝煙と塩の匂い。ナヤがどんな取引をしたのか、その端緒が匂いになって残っている。
「ソレンはどうした?」
ナヤは言葉に詰まった。窓の外でさらに大きな乾いた音が鳴る。群衆の中で火がはぜたような破裂音だ。二人は躊躇いなく外階段を駆け下り、夜の風に顔を晒した。広場は灯火に照らされ、遠目にも人だかりが密集している。松明の光が波になり、そこかしこで寝間着姿の人々の顔が青白く浮かんでいる。
広場の中央、台座に立ったソレンが一冊の薄い箱を抱えていた。彼は貴族の格式を纏っていない。髪は乱れ、上着の一方の袖は破れている。箱の蓋を開けると、そこには焼け残った誓約書の束があり、彼はそれを火に投げ入れた。燃える紙片が夜空を跳ね、群衆の視線が一斉に彼に集まる。
「私は借り物の約束を、ここで終わらせる!」
その声が広場を突き抜けた。王族側近の顔色が変わる。彼らは即座に動き、ソレンを拘束しようとしたが、彼は笑ったように肩を揺らした。
「止めるなら、止めてみろ。私の心は、私のものだ」
その言葉が届いた瞬間、群衆の間から喝采と罵声が同時に巻き起こる。誰かが突き出した短い棒がソレンの側頭を掠め、血の小さな染みが浮いた。彼は銃剣のような鉄棒を掴んだ若い衛兵をかわし、顔に泥を塗られてもなお立ち続けた。彼の目は確かに覚悟に満ちていた。
エヴェリンは胸の中で何かが弾けるのを感じた。彼女はソレンに手を伸ばす――しかし、手は届かない。王の側近が、人を抑え込むための法的文書を掲げ、儀式の正当性を叫んでいる。彼らの掲げる古い巻物には「公の承認があれば、誓いは拘束力を持つ」と黒々と書かれている。その文字は、日の光によって冷たく光った。
「時間がない。儀式は夜明けに始まる。『星詠みの誓い』は形式通りに進められれば、フィオンは選択の余地なく玉座の継承を受ける」
ナヤが低く言った。彼女の手の中の紙が震えている。エヴェリンは思考を手早く巡らせた。彼女の能力は、古い制度文書の矛盾を現場の合意で読み替えることだ。合意があれば、文言の結び目をほぐして別の意味を与えることができる。しかし合意が足りなければ、それは絵に描いた魔法に過ぎない。合意は、ここにはなかった。
「皆に同意を取る時間はない。私たちを阻むのは形式だ。形式は変えられる。でも……」
エヴェリンは言葉を切った。心臓の奥に冷たい何かが沈みるのを感じた。選択肢は二つ。合意を集めるために徹夜して地ならしをするか、あるいは一方で立ち上がって儀式を無効にするために、誰の同意も得ずに文言を一つ書き換える。後者は能力の禁止に反する——一方的に誰かの運命を決めれば、彼女自身の選択肢をひとつ失う。
エヴェリンは空気を吸い込んだ。星図の端に、かつて刻んだ小さな星の印が皮膚に触れているのを感じた。彼女はそれを指先で押すと、冷たい痛みが伝わった。長い間、その印は抽象的なものに過ぎなかった。でも今、時間の秤が傾いている。
「やるなら、一度で終わらせなくては」とエヴェリンは呟いた。「私がやる。誰の同意も取れない。私が一方的に決める」
ナヤが叫ぼうとしたが、エヴェリンは小さく手を振った。「聞いて。もし私が一方的にやれば、確かに私は何かを失う。それでもあなたたちを守るためだ。フィオンの顔を今、二度と玉座の光で曇らせはしない」
ナヤの瞳が濡れた。ソレンの叫び声が、遠くでさらに消耗していくのが見えた。エヴェリンは深呼吸をして、机に戻る。古い巻物を取り出し、墨を舐めた。彼女は条文の縁に鉛筆で線を入れ、法の文言を撫でるように読んだ。星詠みの儀礼に関する一節、綺麗に整えられた文言。そこに彼女は、誰も見ないような小さな改変を加えた。
言葉は静かに、しかし確実に現実を押し戻していく。エヴェリンの内側から音がして、胸が裂けるような痛みが走った。皮膚の下で何かが掘り返される感覚。彼女は口を噤み、目を閉じた。合意の代わりに、彼女は自分の選択の一つを差し出した。
それは、目に見えるものとなって現れた。手首の裏側にある小さな星形の痣――エヴェリンが幼い頃から大切にしていた「選択の星」だった。その星はいつも夜に淡く光り、彼女が未来に自由な道を持つことの象徴だった。今、黒い影がその中に広がり、光がひとつずつ薄れていくのが分かった。冷たい痛みが歯まで走り、思考が一瞬、失われる。
「やったぞ」ナヤの声が遠くで聞こえた。エヴェリンはふらつきながら巻物を押し直す。外の空気が、わずかに厚くなった。王の側近が儀式を準備しようと王座前に立つと、巻物を掲げている者の腕に何かが触れた——形式が、法が、違和感を示した。誰もがその場で呆然とし、手続きが止まった。群衆のざわめきが一瞬、音を失う。
「儀式は……無効だと宣言する者がある」と一人の年寄りが言った。彼の声は震え、台座の上の箱は冷や汗に濡れて見えた。王の側近は巻物を凝視し、天井を仰いでから口をつぐんだ。分厚い空気がしばしその場を支配する。フィオンの名が囁かれ、誰かが遠くで泣いた。
エヴェリンは床にひざまずき、手首を見た。星の痣は確かに一つ、暗く消えかけていた。その場では勝利のように見えたが、胸の中に小さな穴が開いたようだった。何かを差し出した代わりに、彼女は確かに何かを失ったのだ。
その瞬間、広場の端で騒動が起きた。ソレンが押し込まれた護送車から身を躱し、斜めに走る。顔に青