文官の悪役令嬢は政敵と共同経営を始める

文官の悪役令嬢は政敵と共同経営を始める 第9話「第8章」

夕暮れは、崩れかけた市の広場を金色の薄い紙片で包み込んだ。割れた石畳の隙間からは野良草が顔を出し、露天の幔幕は一枚、風に裂けて鳴っている。遠くで子どもの声が一回だけ上がり、すぐに消えた。空気には焦げた煙と、人が踏みしめた土の匂い――失敗の残り香が混じっていた。

夕暮れは、崩れかけた市の広場を金色の薄い紙片で包み込んだ。割れた石畳の隙間からは野良草が顔を出し、露天の幔幕は一枚、風に裂けて鳴っている。遠くで子どもの声が一回だけ上がり、すぐに消えた。空気には焦げた煙と、人が踏みしめた土の匂い――失敗の残り香が混じっていた。

「もう、これ以上は――!」

ミア・サントの声が、群衆のざわめきを切り裂いた。彼女は膝に手をつき、埃まみれの膝当てに血が滲んでいる。藍色の外套は破れ、髪は乱れ、その眉には自分のしたことへの責任と、しかしそれを押し通した誇りが混ざっていた。隣には調停座の者たちが重々しく腕を組み、顔を曇らせている。彼らの視線はミアだけでなく、ミアをここへ導いた者――セレナ・アルディンへ向けられていた。

「あなたは、何を考えていたのですか。既存の取り決めに斬り込むなんて」

調停座の長、ハーリムが言った。彼の声は冷たく、重たい。そこには怒りだけでない。制度そのものを護る者の、疲れと恐れがあった。広場の端で、町の有力者たちが顔をしかめ、兵服の監察官ベルクは腕を組み、薄く笑った。ベルクの笑みは、今日の出来事を思惑の一環とでも言いたげだった。

ミアは顔を上げ、言葉を絞り出した。「彼らが苦しんでるんです。和解座の取り分で傍観し続けることは、私には罪に見える。私が自分で――」

「自分で始めたからこそ、ここまでになったのだ」とハーリムが断じた。「権能を簒奪するような真似は許されぬ。公の秩序を乱す行為は、管理不能と見なされる」

その言葉に、群衆の一部がうなずいた。権威は秩序を求める。秩序は盲目的に安全を保証する代わりに、選択を封じることが多い。

セレナは静かに前へ出た。夕日が彼女の金縁眼鏡に当たり、薄い光の輪を作る。彼女の手には、いつもの羊皮紙で綴じた『和解律の原典』があった。役人として、文官として――そして「責められる悪役令嬢」として押しつけられた立場が、今は彼女の書架にある古い条文の山を意味していた。

「私に説明させてください」とセレナは言った。声は抑えられているが、どこか冷静で確かだ。「ここで誰かを罰することで解決が進むとは限らない。ミアのやり方に問題はあった。しかし問題は、制度が選択肢を狭めてしまっていることです」

ハーリムの唇が震えた。「解釈の読み替えを許す気か。公の秩序を勝手に改変するわけには――」

「改変ではありません。同意に基づく読み替えです」とセレナは古書を開いた。羊皮の縁に指先が触れると、微かに冷たい革の匂いが上がった。彼女の技能は――古い制度文書の矛盾を、当事者全員の同意で読み替える交渉力だ。万能ではない。それが、今ここにある。

だがハーリムは首を横に振った。「我々は参加者ではない。君たちが勝手に示した代案に、同意などしない」

「では、当事者の中に同意を与える者を作る方法は?」とベルクが割り込む。言葉には毒がある。「或いは、管理不能として上に報告する。そうすれば、我々が介入し、秩序を回復する。市民のためだ」

広場は一瞬、寒気に包まれた。監察の言葉は現実を動かす。公の目が注がれれば、個人の主体性は粉々になってしまう。

ミアは立ち上がろうとしたが、足が震えた。「私が引き起こしたんだ。私が、私が――」

そして、セレナは決断を迫られた。ミアを――そして広場で叫ぶ人々を――救うために、彼女はこの「不完全な技能」を使うことができる。だが技能の鉄律は知っている。誰かの運命を一方的に決めれば、自分の選択肢が一つ消える。知られていない方法であっても、代償は必ず現れるのだ。

言葉にできない重さが胸を締め付けた。セレナは掌を見た。そこには小さな銀の印章が二つ、彼女の代々の紋とともに縫い付けられているように思えた。印章は、彼女が過去にこの力を使った証でもある。「選択札」と彼女は幼い頃から内心で呼んでいた。それは比喩ではなく、いつも彼女を現実へ引き戻す物差しだった。

「私は――できる」と小さく言った。言葉は祈りのようだった。

だが、セレナの口から次に出た言葉は、彼女自身にも意外だった。「私一人で終わらせるつもりはない。まず、ここにいる全員の同意を取る。可能なら住民の代表、和解座、そして――廷の代表も。」

ハーリムが鼻先で笑った。「議論を長引かせるだけだ。結論は変わらぬ」

「それでも」とセレナは羊皮紙を胸に寄せる。「私は、ミアをこの場で無条件に見捨てはしない。だが同意を得られないなら、私がこの場で一つの代償を払って、暫定的な保護措置を発動する。私自身の未来の選択の一つを――約束として差し出す」

ざわりと広場が揺れた。選択を差し出すとは、どういう意味か。彼らは想像がつかなかった。

セレナは、ミアの方へと歩み寄った。ミアはまだ震えていたが、目は真っ直ぐで、どこか安堵の色が浮かんでいる。「私に任せてください」とミアが言った。「あなたの代償が私たちを守ってくれるなら――」

「それは、私が勝手に決めることではない」とセレナは即座に返した。彼女はミアの手を取った。掌の傷が新しい。ミアの温度が伝わる。主人の余地はある。主体性は、何より大事だった。

だが同時に、セレナは自分のかばんから小さな黒檀の箱を取り出した。箱の蓋を開けると、そこには薄い銅板が一枚、はめられている。銅板には見覚えのある記号が刻まれていた。それは彼女がまだ幼かった頃、祖母から受け継いだ「選択の証」――自分が公の文書に一方的に介入したときに燃えるものだ。

「私は、これを一枚、ここで焼く」と言った。声は震えた。「焼いた後、私の一つの可能性が消えるだろう。でもそれで、今この場の人々の安全を優先したい。――それでいいか?」

ミアの目が潤んだ。「いいのかなんて、私が決めることでは――」

「いいのだ」とセレナは答えた。決意は静かに、だが確かに固かった。彼女は銅板に火をつけた。火はゆらりと青く揺れ、薄い煙と一緒に古い紙の匂いが立ち上る。唇を噛むと、身体の中で何かが音を立てて崩れた。未来の一片、遠い選択肢の記憶が、一瞬にして霧散するのを感じた。どこかに置いていた「共同経営の一案」が、音もなく消え去った。手のひらに残ったのは、空いた場所と小さな焦げ跡だけ。

「消えた……」とセレナは息を漏らす。喉の奥が熱い。代償は実際に、そして即座に払われた。彼女は何かを失った。だが代わりに、今ここでミアと市民の一時的保護措置が発動された。調停座は形式的にその提案に同意せざるをえず、監察官ベルクはそれを黙認した。外野のざわめきが少し収まる。

ベルクの顔には、計算された冷たさが残った。「暫定だ。だが我々は注視する。『管理不能』の烙印はまだ健在だ」

そのとき、誰かが小さな声で言った。「判決文に、追記されました。外部監査――廷の、常駐監査官がつくことに」

セレナは顔を上げた。夕日がその顔を赤く染める。群衆の端で、書記が紙を振っていた。その紙には、正式な印と共に『常駐監査官イザク』という名前が印刷されているのが見えた。イザク。聞き覚えのある名前だったが、彼女はすぐに思い出せなかった。何より、常駐監査官という概念は、この先の自由度を大きく削る予感を与えた。

「監査官が来る」とハーリムが低く言った。「管理