庭園の悪役令嬢は追放先で国を救わない

庭園の悪役令嬢は追放先で国を救わない 第16話「第14章」

扉が開いた瞬間、光が差し込んだ。厚い木製の扉と鉄のかんぬきが、百年ものあいだ息を潜めていた空気を切り裂いた。埃は箱庭の砂のように舞い、強い光柱に巻き上げられて、そこに積もった紙の匂いと混じった古い膠(にかわ)の匂いが、鼻腔にざらりと残る。イザベルは息を詰めて、短く目を伏せた。眼鏡越しに見る書物の背表紙は、緋色でも金箔でもなく、くすんだ羊皮の黄褐色だった。そこに、庭の図をかたどったような印が、薄く浮かんでいる。

扉が開いた瞬間、光が差し込んだ。厚い木製の扉と鉄のかんぬきが、百年ものあいだ息を潜めていた空気を切り裂いた。埃は箱庭の砂のように舞い、強い光柱に巻き上げられて、そこに積もった紙の匂いと混じった古い膠(にかわ)の匂いが、鼻腔にざらりと残る。イザベルは息を詰めて、短く目を伏せた。眼鏡越しに見る書物の背表紙は、緋色でも金箔でもなく、くすんだ羊皮の黄褐色だった。そこに、庭の図をかたどったような印が、薄く浮かんでいる。

「制定草案。伝聞では《草案》と呼ばれてきたが、原本は初めて見るな」声の主は、古文書の管理を任される年配の学官、セルヴェルだ。彼の指先は震えていた。長年、こういう場面を見てきた者でも、手が震えるほどの重さがあった。

イザベルは手袋を取り、そっと一冊を取り出す。羊皮のページを撫でると、紙の上を伝う粒子が指に触れて、ほんの少しの静電気のような刺激が走った。そこに描かれた庭の図は、王宮の庭園そのものだった。曲線の小径、四つの噴水、散在する花壇。だがその図は、ただの意匠ではなかった。細い墨の線は庭の回廊に沿って小さな符号を刻み、ある特定の場所に印が一つ、赤い蝋で押されている。

「ここだ――」セルヴェルの声が低く震える。イザベルは蝋印の周りに書かれた文字を追った。古い書体が指に擦り寄るように、ゆっくりと彼女の脳に意味を渡す。「『合意』――『関係者の署名を以て、運命を定める手続きとする』。だが下段の脚注に、こうある。『署名の手続きは外形を整えられた時点で正当性を得る。実質的合意は必要とせず』」

読み上げたセルヴェルの声が、甲高く響いた一瞬、巻物の間から小さな風が吹いたように感じられた。ページの端に積もった埃が、光の中で踊る。イザベルはページを閉じる代わりに、指でその脚注を指した。

「これ、私の……それに、似ている」言葉は自分で出したものだが、口にするとぞくりと背筋が冷えた。彼女の「読み替える」力――当事者全員の同意を取り付けることで古い規定を新しくする技能。それは、現行の制度が『合意』という名目で運命を固定してきた方法と、機能的には驚くほど重なっていた。

「似ている、というより……同じ発想を別名でやっている。手続きを以て正当化する。合意の外形があれば、実質は後付けにできると」セルヴェルは唇を噛んだ。「草案は、その外形を体系化するために作られた。庭の配置自体が『同意の儀礼』の一部になっている。噴水の下、東の小径にあたる場所には、必ず当事者が集められ、署名し、判を押した――それが歴代のやり方だった」

「私がやってきたことは、外形の改ざんじゃない。合意を新たに取り直すことだと、私は思っていた」イザベルは低く答えた。だがその声に、以前ほどの確信はなかった。彼女は、本能的に先に進むのを躊躇した。自分の手のひらに、知らず知らずのうちに力が入っているのを感じた。

部屋の隅に置かれた折りたたみ机の上には、写しが幾枚か広げられていた。その中の一枚、色褪せた地図に小さく朱で線が引かれた箇所がある。そこは、先日、地元の領地で決起の気配が見えた辺境の村を示していた。宰相ルーヴァンが言った。もしその村が反乱の拠点になる前に、法的に兵役義務を解釈し直せれば、兵の徴発は不要になり、戦争を回避できる、と。

「あなたの力で、兵役条項を『不適用』にしてくれれば、無血解決になる」ルーヴァンの口調には誘いが混じっていた。国家と市民の命を秤にかけられて、誘惑は甘かった。

イザベルは一拍、呼吸を保った。彼女がこの場でできることは三つあった。誰かの運命を一方的に決めること――その代償を支払ってでも多くを救う。あるいは全員の合意を本当に取り付けるために、時間をかけ手続きを踏むこと。最後に、そのどちらも拒んで、別の道を探すこと。胸の内で、それぞれの道が喧(けん)しくぶつかった。

「本当に――君は、やるのか?」隣にいたマリーが低く言った。マリーはイザベルより年少だが、目の奥の堅さは同じくらい強い。彼女は、済まなさと訴えを混ぜた目でイザベルを見つめた。村の民が、ここで救われる可能性がある。だが、もしイザベルがあの場で一方的に決定を下すなら、――代償はどうなるのだろう。

「私だって、やりたいことは分かってる」イザベルは唇を噛んだ。「でも、今見たこれと同じ構図で合意を『作る』のは――」

言い切れなかった。言うたびに、思い出す。自分が初めてこの力を使った時、彼女は誰かの未来を救うような気がしていた。だがそのとき、彼女の胸の奥に、静かな空洞ができた。小事だと思った選択肢が一つ、ぽんと抜け落ちたような感覚。後になって知った。それが代償のはじまりだった。

「代償を恐れて立ち止まるのか?」ルーヴァンの声は刃のようだ。「王国が壊れるかもしれない状況で、あなたは一人の選択を優先するのか」

「私は――」イザベルは手を挙げて制した。「誰かの選択より、自分の恐れかもしれない。だが――」彼女は言葉を整える。「代償を知らずに踏み切ることは、別の誰かの選択を奪うのと同じ発想だ。私が誰かの運命を一方的に縛るなら、私自身の選択肢が一つ、確実に消える。それを見て、なおそれを選べと言うのか」

部屋が静まり返った。セルヴェルは紙を握りしめ、爪が白くなっていた。ルーヴァンの顔に、一瞬、苛立ちの色が走る。だが彼は冷静に、動かずにいた。

「具体的に、その代償とは?」マリーが問う。彼女の声には、恐れよりも知りたがる色があった。情報は武器になる。

イザベルは言った。最初は小さな経験に過ぎなかったが、今はもう逃げられない。「私が誰かの運命を一方的に決めたとき、――帰る場所が一つ、封印される。具体的には、私がいつでも選べた『元の領地に戻る』という権利が、私の名で法的に抹消される。ただし、それは私が選んだり取り戻したりできない。権利そのものが、私の手の内から消える。代価は、対価として同等の『選択』だ」

ルーヴァンの唇が固く結ばれた。セルヴェルはページの端に触れて、犬の目のような悲しげな笑みを漏らした。「それが、自分で選んだ代価なら我慢もできる。でも君が知らぬうちに選んでしまったら、どうなると言うんだ」

「今はまだ私に戻る道が残っている」イザベルは小さく首を振る。「だが、もしここで即決して、彼らの運命を閉じてしまったら、そのとき私は――選べなくなる。元の生活に戻れない。君たちと同じ言葉で言えば、私が追放され続けることを自分で選ぶようなものだ」

沈黙が波紋のように広がる。無理もない。ある者にとっては、王国の安定は生死の問題であり、ある者にとっては規則の正当性がすべてだ。イザベルは自分の胸が、決意と恐怖できしむのを感じた。

「それでも、救える命があるなら――」ルーヴァンが再び口を開く。「一度の代価で、多くを救えるのなら、君はその損失を受け入れられるはずだ。国家は個の幸福より重い」

イザベルの視線が一瞬、マリーに戻った。マリーの目に怒りにも似た光が灯る。「国家ってなんだ。誰の国家だ。誰の犠牲の上に成り立つ国家なんだ、イザベル。あなたが自分のものを差し出せば、それで済むとでも?」

言葉は鋭く、誰かを突き刺した。マリーは続けた。「私たちはあなたを利用してほしくない。あ