毒見の悪役令嬢は後宮の友情を守る

毒見の悪役令嬢は後宮の友情を守る 第17話「第15章」

図書室の空気は古い本の紙と燭台の煤(すす)が混ざった匂いで満ちていた。低い窓から射し込む午後の陽光はほこりを金色の帯にして、棚と棚の間を切り分ける。円卓の上には八枚の椅子。椅子の背に寄りかかる絹や毛織りの裾が、静かに擦れる音だけを立てている。オルテアが最後の扉を閉め、鍵を二度、確かめてから小さなランタンを燭台に置いた。ランタンの炎が揺れるたび、参加者の顔に影が走った。

図書室の空気は古い本の紙と燭台の煤(すす)が混ざった匂いで満ちていた。低い窓から射し込む午後の陽光はほこりを金色の帯にして、棚と棚の間を切り分ける。円卓の上には八枚の椅子。椅子の背に寄りかかる絹や毛織りの裾が、静かに擦れる音だけを立てている。オルテアが最後の扉を閉め、鍵を二度、確かめてから小さなランタンを燭台に置いた。ランタンの炎が揺れるたび、参加者の顔に影が走った。

「ここがいいでしょう。外の声が入らぬよう、書物と判決だけで話を進める場所に。」オルテアはいつもの沈着な声で言った。手元の古い羊皮紙を軽く指で押さえる。羊皮紙は、角から折れ、朱のインクが薄く滲んでいる。

アイラは真ん中の席には座らなかった。円卓の外周に沿うように椅子を選び、資料が見渡せる位置に腰かける。彼女はモデレーターになると決めていた。口火を切るのも、押し切るのも、誰かの運命を一人で握るのも拒んだ。彼女が席に着くと、円卓の中心に置かれた小さな水晶球の中で、薄い光が一度だけ波打った。それはオルテアが作った合意の証明具だという。発言があるごとに、球の表面に小さい光点がひとつずつ灯る仕掛けになっている。

「まず、手順を確認する。読み替えを行うには、当事者全員の合意が必要です。文面を書き換えるのではなく、解釈の方向を替える。つまり、文書自身の言葉ではなく、それを巡る人々の合意で実効を生む手続きだと明記するつもりです。」アイラは短く言った。声が静かに、でもはっきりと通る。発言の瞬間、球の表面に薄い光が一つ灯った。

「当事者、ですか。」アルドが顎を撫で、眉を寄せる。宮務局の書類係。彼の背広はきちんとしていて、言葉も律儀だ。だが、その目は冷たく、制度を守ることに慣れている。「では、その『当事者』の定義は何です? たとえば、判決で『欠格』とされた者は当事者に数えるのですか。以前にもそのような扱いで手続きから排除された例があります。手続きの恣意化は危険です、陛下の秩序を乱す恐れがある。」

「恣意化を恐れるのはわかる。でも放置すれば、恣意が制度という名で正当化され続ける。」イザベルの声は熱を帯びていた。イザベルは後宮で仲の良い友人の一人で、前髪を一度かき上げる仕草からは熱意が伝わる。「マリエルのような例がまた出れば、友情どころか、生きるか死ぬかの差が決まる。私たちがここで妥協を見つけなければ、誰も守れない。」

この発言で光がもう一つ灯る。球の表面は、発言のたびに連鎖のように小さな光を増していった。言葉が集まるごとに、空気は少しずつ和らぐ。合意の可視化──オルテアの考えた演出は、沈黙しがちな貴族たちの心を動かす効果があった。

だが、和やかな気配は長く続かなかった。鎧の擦れる音が廊下から聞こえ、護衛のカレンが静かに扉を押し開ける。彼女は口を一文字に結び、鱗のように細かな傷のある手の甲を見せた。カレンは冷徹な実務家だ。瞳に疲労が見える。

「運び屋からの伝言です。マリエルの釈明審問が、明朝の早朝に設定されました。陪審は三名、裁定は午前七時。執行はその日の午後という通知です。」カレンの声は短かった。机の上に地図のように開かれた紙が置かれ、そこに押された帝印が青く光る。

その言葉が、室内の温度を瞬時に下げた。光のひとつが、球の表面でちらりと揺れ、しかしそのまま止まったままだ。

「明朝、ですって?」イザベルが肩をすくめる。「そんな速さで処分する気か。何が根拠なんだ。」

「理由は『公務への妨害』と『宮務への不敬』、陛下の食事に危害を加える恐れあり、と。文書は確たるものですが、解釈の余地はあります。」アルドは冷静に書類を示す。「しかし、傍証の一部がマリエルの意思能力を疑うものとして扱われています。すなわち、彼女は『欠格』と判定されており、法的には当事者能力を認められていない。」

その言葉で球の光が一瞬だけ薄れたように見えた。オルテアの指先が小さく震えた。欠格──その語はこの部屋の空気を硬くする。

「じゃあ、私たちの合意があっても、マリエル本人の同意が得られないということ?」アイラはそっと、羊皮紙に触れた。触れた瞬間、表面からひんやりとした感触が手のひらに伝わってくる。羊皮紙の端から、古いインクの香りが鼻腔をくすぐった。

触れただけで、アイラの胸の中に小さな違和感が波のように広がった。思考の端に、さっきまであった小さな決意のかけらが、すっと薄れてゆく。幼いころ、屋根裏で聞いた歌の一節がふっと記憶から抜け落ちるのを感じた。彼女は反射的に手を引いた。

「大丈夫ですか?」イザベルが身を乗り出す。

「ええ。」アイラは唇を噛んだ。自分の能力を行使する前兆が、いつもこの感覚と結びついていることは知っている。読み替えを行うには当事者の合意が必要で、合意なしに誰かの運命を一方的に変えれば、彼女は――選択肢を一つ失う。選択肢の「数」は目に見えるものではないが、失われると心のどこかに静かな穴が空く。だが、今はそれを他人に示して弱味を見せるわけにはいかない。

「私が一人でやることもできます。」アルドの声が冷たい。紙を掌の下で揉み、指先で印をなぞる。「制度を止めることが最も簡単です。あの女を『欠格』と宣告した裁定を読み替えて、手続きを無効にする。そうすれば執行は止まる。」

言外の意味は明快だった:アルドはアイラに一方的な読み替えを求めている。もし彼女が今ここで文言に手を触れ、当事者の合意なしに解釈を変えれば、執行は止まるだろう。だがその代償も。

アイラは羊皮紙に指先を伏せるまま、沈黙した。心の中にある、まだ自分が持っている選択肢の数を数えたくなるような衝動に駆られる。だが隣の席で、イザベルの手が震えている。マリエルの名を聞いて、彼女の胸が締め付けられているのがわかる。

「私が……」アイラは小さく息を吐いた。「一人でやることはできます。けれど、その代償を払うのは私一人にしてはならない。私が一つ選択肢を失えば、その穴は誰にも知られないかもしれない。でも、それは私個人の犠牲であって、ここで求められているのは制度の仕組みだ。私が一度使えば、次に同じことが起きたとき、私にはもう選択肢が一つ少ない。結果、また誰かが苦しまなくてはならない。」

言葉を選びながら、アイラは周囲の顔を見る。アルドは顎を引き、冷たい皺を刻む。イザベルは怒りを抑え切れずに、口元を噛みしめている。オルテアは唇を噛み、しわだらけの指でランタンの縁を撫でる。

「それでも……明朝までに何か手立てが必要だ。手続きが一日で終わるのは、誰かが差し向けた圧力があるはず。証拠を止めるか、手続きを遅らせるしかない。」カレンが言う。彼女の言葉は簡潔で、実行可能性を基準にしていた。

オルテアは古い巻物をめくり、声を小さく震わせながら読み上げた。「ここにいくつかの古い条項があります。……『公の判断が疑われる者は審査を経て、再び当事者能力を回復する機会を得る』。だが、その後に付けられた付則に『欠格とされた者は、王府の明示の許可なく法的手続きに参加できない』という一節が加えられている。つまり、欠格判定があれば、当人が自らの意思で合意に参加することは法で閉ざされている。――これは、明確にマリエルに不利だ。」