連絡船の待合室で嘘をつけない教師は告白しないまま守る

連絡船の待合室で嘘をつけない教師は告白しないまま守る 第4話「第3章」

波の匂いが隙間から入り込んで、待合室の蛍光灯に混じる。連絡船の汽笛が遠くで二度鳴るたびに、ガラス窓の向こうで白い帯が走った。仁はベンチの端に座ったまま、新聞の切り抜きを指先でなぞった。見出しはまるでコラージュのように目の中でフラッシュして、誰かが言葉を切り取り、組み替えてしまった感触が胸に残る。菫の本棚——二人で作ったあの粗末な棚の写真が、記事の中央にあった。短い記事の語気は刃物みたいに鋭く、「話題作り」とだけ括られていた。

波の匂いが隙間から入り込んで、待合室の蛍光灯に混じる。連絡船の汽笛が遠くで二度鳴るたびに、ガラス窓の向こうで白い帯が走った。仁はベンチの端に座ったまま、新聞の切り抜きを指先でなぞった。見出しはまるでコラージュのように目の中でフラッシュして、誰かが言葉を切り取り、組み替えてしまった感触が胸に残る。菫の本棚——二人で作ったあの粗末な棚の写真が、記事の中央にあった。短い記事の語気は刃物みたいに鋭く、「話題作り」とだけ括られていた。

「仁先生。」

背後で声がして、振り向くと菫がいた。薄手のコートに木屑がついている。彼女は両手で小さな角材を握りしめていて、そこにはまだ鉛筆の下書きと、甲斐甲斐しく箱を抱くような力が残っていた。菫の目には眠いような決意があって、仁はその輪郭を一瞬で見つけた。彼女が誰かに頼られたいという気持ちが、あの本棚の完成に滲んでいたことを思い出すと、胸が軽く疼いた。

「記事、見たよね?」

菫の声は低い。仁はうなずくだけで、口を開く言葉を用意する。否定すれば――共痕のことを説明したくなれば――本当にまずい。共痕は説明され、決めつけられるところで弱くなる。誰かに「どういう意味なのか」と切り取られれば、痕跡は薄れてしまう。彼が説明を拒む理由はただの秘密主義でも、誇示でもない。技能が続くための最低限の自制だ。

そのとき、携帯のシャッター音のような小さな振動が近づく。記者の尾崎がカメラを肩にかけ、近寄って来る。市のPR用のユニフォームを羽織っているわけでもなく、カメラバッグだけがいつものように大きく揺れていた。尾崎は笑顔をつくり、名刺を差し出す。

「菫さん、仁先生、少しだけお話いいですか? 町の人にもこの話題は気になりますし——」

尾崎の手つきは慣れている。菫の周囲には、すでに数人の通行人と、船を待つ家族連れの視線も寄っている。こういう場面での言葉は刃だ。仁の喉の奥が干上がり、顔が熱くなる。言葉を作り出すときに、彼はいつも嘘をつけない自分の身体に気づく。嘘をつけないと言うことは、思いつきの方便で世間を丸め込めないということでもあって、今はそれが足かせになる。

尾崎は菫に向き直り、マイクを近づける。「本棚は話題作りでしたか? 菫さんはどういう気持ちで作ったんですか?」

菫は一瞬視線を落とした。角材の端を指で撫でるしぐさが見えた。仁の腹の中で、言葉にならない声が囁く。説明すれば楽だ。誤解を解けば菫の心が落ち着く。だが同時に説明することで、共痕はきっと薄れる。仁は手にした切り抜きをぎゅっと握った。紙の端が指に食い込む。

「……私は、頼られたいだけなんです。」

菫の言葉は小さくて真っ直ぐだった。尾崎は喜んだようにメモを取り、カメラがシャッターを切る。人々の目が菫に集まる。仁は言葉を足せなかった。何か本当のことを言えば菫の言葉は枠にはまる。誰かがそれを「演出だ」と決めつけて終わらせてしまえば、本当に残したかった温度は消える。

「じゃあ、私たちで説明会を開きましょう」と、向こうの片隅から高瀬美香が言った。学校の同僚で、いつも即断即決の女性だ。高瀬は笑って菫の肩に手を置き、「待合室で皆さんに聞いてもらえば」と続ける。

誰かが声を上げ、手を動かし始めるのは自然なことだった。数人の若者がボランティアで周囲の椅子を寄せ、即席の前段を作り始めた。菫は困った顔をしたが、意志を固めて角材をカバンにしまった。そのとき、仁は動いた。説明の場を開くという方向には反対しない。だが、彼らが「共同で作る物」によってのみ痕跡が残るという条件を彼らは知らない。急いで作ること、何より「意図を外から埋める」ことは、物を傷つけるだけでなく共痕を壊す可能性がある。

仁はそっと立ち上がり、高瀬の腕を掴んだ。「待ってくれ。木とか、『共同』って言葉を簡単に考えないでほしい。急いで作ると、壊れるんだ」

高瀬は驚いた顔をした。周囲からもざわめきが起きる。誰かがハンマーを振り上げ、釘を打とうとする。若者の一人が板を足で押さえ込み、もう一人が金槌を振る。急ぎのリズムは、木をかち割る。角材が弾け、微かな木粉が待合室に漂った。その瞬間、仁の体のどこかがまたひりついた。彼は手を伸ばしたが、間に合わなかった。菫の顔が固まる。かすかな暖かさが、角材の端から消えていくのを彼は感じた。

「どうして!」菫の声が割れた。彼女は木の端を取って、その表面を指で撫でる。指先には何も感じない。以前ならそこに残っていたはずの、頼られたいという気分の残滓——微かな温度、湿り、あるいは見た目に現れる筋目が消えていた。若者たちも困惑している。仁はそれを見て胃が締め付けられた。

「急いだんだ……ごめん、ごめん!」若者の一人が頭を下げる。尾崎は舌打ちしてメモをめくる音が聞こえる。高瀬は息をついた。「真面目にやってくれって言ったのに。どうして壊れちゃうの?」

言葉にしない説明がここで必要だった。だがもし仁が「説明」してしまえば、共痕は今度こそ本当に消えるだろう——彼自身の力か、それを維持する何かが終わる。嘘をつけない身体は、しかし説明することと等価の「暴露」を拒むわけではない。問題は、説明がこの場にあるものを定義し、外部の力に取り込ませてしまうことだ。外部の言葉で説明されると、共痕は他者の消費対象になってしまう。

菫は板を抱えて、自分の胸に当てた。目尻に光が滲んでいる。誰かが励ますように手を伸ばす。仁はその手を受け取らなかった。受け取れば、彼が何を守るべきかを言葉で縛ることになる。守る対象は菫自身であって、彼女の選択であるべきだ。説明しないことが、時には守ることになる――仁はそんな冷たい真理を噛みしめた。

「私……自分で考える」菫が言った。声は震えていたが、決意は確かだった。周囲の動きが一瞬止まる。彼女は板を抱えて待合室の隅に座ると、深く息を吸った。「それを、皆に、強制しないでほしいの。話題にされるってことは、それで私が決められるってことでしょ? 私は、そうされたくない」

高瀬は眉を寄せたが、それ以上は口を挟まなかった。尾崎は新しいメモを取り出すが、何を書くか迷っている。立ち上がっていた若者たちも、菫の口調に押されて黙る。仁は胸の奥が少し軽くなるのを感じた。守るために沈黙を選んだことが、彼女自身の選択につながった瞬間だった。

そのとき、待合室の古い本棚の隅で、薄い紙がカサリと風に揺れた。誰かがそれに気づき、そっと近づいて折りたたまれた紙を拾い上げる。小さなメモには見覚えのない筆跡で、短い言葉が書かれていた。

「ありがとう。でも、私も自分で選びたい」

菫は紙を見つめ、ゆっくりと目を細める。読み終えると、紙を胸に当てて、顔を上げた。視線が待合室の人々を一つずつ捕まえていく。誰かがそれを置いていったのだ。菫の唇が震えた。「誰が……?」

「わからない」と高瀬が言った。「でも、誰かが見てくれてたんだね」

尾崎はまたカメラを構えようとしたが、なぜかその手が止まった。仁はその紙を見て、手元の新聞の切り抜きと合わせて何かが胸の中で筋を作るのを感じた。誰かの手が、無言で支持を表した。だがその「誰か」が正体を明かしたわけではない。名前も、顔もない支持。それは、