女子寮の台所で失恋中の音響係は気まずい再会をやり直す

女子寮の台所で失恋中の音響係は気まずい再会をやり直す 第20話「第18章」

夜の台所は、昼間の喧騒を剥ぎ取られたように静かだった。蛍光灯の白がシンクの水滴を硬く光らせ、換気扇の低い唸りが遠くの廊下を震わせる。高槻梢はシンクの横に肘をつき、手のひらで小さなICレコーダーを包み込むように握っていた。錆びた栓をした湯の匂い、焦げ残りのご飯の匂い、誰かが夕方に残したカレーの香りが混ざり合い、台所はいつもどおりの家だが、梢の胸はどこか削られていた。

夜の台所は、昼間の喧騒を剥ぎ取られたように静かだった。蛍光灯の白がシンクの水滴を硬く光らせ、換気扇の低い唸りが遠くの廊下を震わせる。高槻梢はシンクの横に肘をつき、手のひらで小さなICレコーダーを包み込むように握っていた。錆びた栓をした湯の匂い、焦げ残りのご飯の匂い、誰かが夕方に残したカレーの香りが混ざり合い、台所はいつもどおりの家だが、梢の胸はどこか削られていた。

テーブルの上には、ひび割れの入った小さな皿が一枚。裏に乾いた絵の具の斑点が残っている。三年前、梢と園田純が一緒に土をこね、絵付けをした皿だった。言葉は散ったが、皿だけはあの日の指先の温度を覚えている——梢はそう信じていた。

「梢、まだ?」佐伯美月が戸口に立っていた。エプロンのポケットから、まだ湯気の立つ包みを取り出す。美月の顔は疲れていたが、その表情の端々には包み込みたいという癖が出ている。台所での彼女はいつもそうだ。調子を崩した人間を食べ物で直そうとする癖。

「うん、あと少しだけ」梢は答え、レコーダーの再生ボタンを押した。小さなクリック音の後、空気を吸い込むような低い音が流れ出した。普通はただのハム音と冷蔵庫のコンプレックスノイズに聞こえるはずの、それは、梢の能力が拾った「痕跡」だった。共同制作物に残る、共有された感情の痕。

音は膨らんだり縮んだりした。和らいだ息、こすれた手の甲、画びょうが落ちるような細かいノイズ。梢はそのパターンを追って、指先で薄い皿の縁をなぞった。共同制作の条件は明確だった。対象は二人以上で作られて、向き合う時間が一定量あり、その中で互いの動きが触れ合った瞬間にのみ、痕跡が立ち上がる。梢自身がその制作に関わっていなければ、痕跡は風のように見当たらない。だから梢は弱い自分の希望を抱き、皿を再び共に「読む」ことを選んだ。

「純の声、聞こえる?」美月が近づいてきて、皿の絵を覗き込む。皿の中央には粗い青い線で、ふたりの間に立つ橋のような柄が描かれていた。梢は喉の奥が引きつるのを感じた。聞こえる。薄く、しかし確かに——笑い声ではなく、息遣い。語りかける前の、ためらいの音。

梢は小さく息を吸った。これまで何度も試したように、彼女は痕跡を「読む」のではなく、そこから痕跡を引き出す手助けをする。だが今夜は違った。今彼女が求めているのは、揺れる事実そのものだった。あの日の純が、彼女をどう思っていたのか。はっきりさせたい。曖昧さがあまりにも辛かった。

「純は、私のこと……好きだったの?」梢は呟いた。問いかけは自分自身にも向けられていた。レコーダーの再生音は、わずかにひずんで、低周波数が沈んだ。痕跡は、そこに在るのを示していた。梢は安心しそうに前に出た。「だったって、言ってよ。」

その瞬間、梢の中で何かが変わった。問いに決着をつけたいという渇望が、痕跡を締め上げるように強くなった。彼女は言葉を増幅するかのように、皿に手を当てた。共同制作に残る声を「これだ」と断定する行為。その瞬間、音が消えた。

レコーダーの小さなスピーカーからは、再びただの白いハムだけが流れている。梢は手を離し、視界が一瞬暗くなるのを感じた。痕跡が「見えなくなる」という能力の代償が、ここで現れた。確信を持って決めつけた途端、共同制作物は反発するように静寂になったのだ。

「どうしたの?」美月の声が近づき、皿の縁を指で弾く。乾いた音が鳴る。梢は肩を震わせて笑ったが、その笑顔は引きつっていた。

「ごめん、私……手を引いちゃったかも」梢はレコーダーを胸に押し当てた。耳鳴りがする。音が消えたことのショックだけではない。梢の体は、能力を乱用したときに支払う代償を静かに請求し始めていた。頭の片隅で、小さな旋律が剥がれ落ちる感触。自分がよく口ずさんだ短いメロディが、ふいに遠くへ遠ざかっていくようだった。

「無理しなくていいよ」美月は皿をそっと拾い上げた。絵具の縁に沿うように指紋が残る。「でも、無理をしても何も得られないよ。梢のやり方、いつも正しかった。でもそれって、まだ答えをくれるって意味じゃないから。」

梢は皿を見つめ、割れていないかどうかを確認した。ひびの気配はなかったはずだった。だが次の瞬間、テーブルの端で小さな「パキッ」という音がして、皿に一本の細い亀裂が走った。梢の目が見開かれる。亀裂は、彼女が自分の欲望で押し付けた圧に応えるかのように、ゆっくりと広がった。

「急ぐと、壊れるんだ」入江透子が袖越しに現れて、皿を覗き込んだ。透子は展示計画の書類を抱えていた。彼女の瞳には薄い決意が宿っている。透子はいつも、仕組みを先に作る人だった。彼女はためらいなくその場に踏み込む。

「わたし、これ展示に出すよ」透子は軽い声で言った。「共同で作られたものが、どう見えるかをみんなに見せたいの。」

「展示に?」梢の声は小さかった。胸の奥で、また何かが揺れる。展示——それは外部の評価に晒されることを意味する。噂はネットの小さな波紋となり、やがて誰かの選択を縛る鎖になる。梢はそれを恐れていた。けれど、同時に望んでもいた。もし純の痕跡が公に示されれば、あの日の空白に光が当たるかもしれない。

「無断で出すの?」佐伯が眉を寄せる。「誰の合意も得ないで?」

透子はほんの少し笑った。「同意は、作品を越えるときに生まれるものよ。梢、あなたはやり過ぎだって思ってる?」彼女は皿を裏返して、裏の手触りを確かめるように指先を滑らせた。「共同制作って、保護するだけのものじゃない。見せることで、評価する側もされる側もわかることがある。」

「でも、純は——」梢は言葉を切った。純がどう思うか、その確認ができない限り、展示は彼の私事を晒すことになる。梢の中で、他人の選択を守るべきだという声が響いた。だがその声に負けないものもあった。自分で決められない空白に、人々の選択が埋め尽くされていくことの恐怖。

「純は来ないかもしれないけど、来るかもしれない」透子は皿をテーブルにゆっくり戻した。「見せることで何かが動く。周囲の評価が暴力になる前に、私たちが声を出せる場を作りたいの。」

梢はレコーダーを握りしめた。耳鳴りは少し強くなって、低いベース音が世界の縁を震わせる。彼女は自分が払った代償を確かめるように、胸の奥で薄れていくメロディを掴もうとした。指先には、絵具のざらつきと、亀裂の冷たさ。共同制作物は、確かに二人の間でしか鳴らないはずだった。それを外に出すことは、痕跡の意味を変える行為だ。

「展示に出すのは構わない」佐伯が言った。彼女の声には固さがあった。「でも、梢の気持ちは無視しないで。あなたが動けないなら、私たちが支える。展示が誰かの選択を奪うものにならないように、私たちが守る。」

山本琴音がいつの間にか隣に来て、スマートフォンの画面を梢に見せた。そこにはもう、寮の掲示板に掲載された「共有展示募集」のポスターの草案が開かれていた。小さな文字で「協働制作の声を展示」と書かれている。その下に、日取りと場所、そして「参加・観覧の前に個別の合意を推奨します」という文言が添えられていた。琴音は言葉少なに言った。「透子が申し込みを済ませた。受付のメール、さっき来てたよ。」

梢の胸の中で、何か