放課後の工房で通知を切ったふたりは雨の終わりを待つ

放課後の工房で通知を切ったふたりは雨の終わりを待つ 第14話「第一部幕間」

雨は窓に一定のリズムで落ち続けていた。工房の蛍光灯は半分だけ点いていて、機械の油の匂いと湿った木の匂いが混ざる。折原湊は机に肘をつき、来栖歩の手元を見つめていた。二人とも携帯の通知は切ってある。鞄の中で重くなった画面は、今はただ存在を忘れさせるだけの四角い石板だった。

雨は窓に一定のリズムで落ち続けていた。工房の蛍光灯は半分だけ点いていて、機械の油の匂いと湿った木の匂いが混ざる。折原湊は机に肘をつき、来栖歩の手元を見つめていた。二人とも携帯の通知は切ってある。鞄の中で重くなった画面は、今はただ存在を忘れさせるだけの四角い石板だった。

「もう二回、回してみよう」と湊が言う。息が低く震えているのを歩は知っていた。湊は「確かめたい」という言葉を飲み下す代わりに、手を伸ばして小さな木片を二人の前に置いた。木片は以前、彼らが共同で削った端材で、表面には二人が指で押さえた跡がまだ残っている。

歩は静かに頷き、自分の手を湊の手の隣に置いた。二人の指先が木の縁に触れた瞬間、空気が少しだけ変わった。乾いた雨音の背後に、かすかな「響き」が生まれる。湊にはそれが光の波のように見え、歩にはそれが温度の波として感じられた。木目の一部が淡い紅色に滲み、そこに触れた指紋の輪郭が、まるで写真のネガのように浮かんだ。

「見える?」歩が聞く。声は図らずも震えている。

湊は首を振った。言葉で説明するべきものではないとわかっていた。代わりに彼は木片をそっと回して、二人で押さえた部分の向きを変えた。光の波は木目に沿って揺れ、輪郭は微妙に変化した。そこからわかるのは、確かな感覚の断片だけだった。嬉しい、緊張、謝りたい——単語にはできない影のようなものが残る。だが、誰かの具体的な「告白」や「計画」はそこにはない。湊はその曖昧さに胸の奥が焼けるような思いをした。

「これって……」湊が言いかけた瞬間、手が少しだけ早まった。彼は痕跡の輪郭をもっとはっきりさせようと、人差し指でその紅い滲みを撫でた。すると光が薄くなり、輪郭はぼやけていった。木目の紅は短く消えて、ただの擦り傷に戻る。

「触りすぎだよ」と歩は低く咎めた。彼女の手のひらにはまだ木の温度が残っていて、湊の手に伝わる。湊の指先が震えた。確かめようとするたびに、確かさは遠のくのだ――彼らはここまでで、そう学んでいたはずだった。だが、欲望はしぶとい。

「ごめん……ごめん、もうしない」と湊は声を細くする。歩は強く息を吐き、肩の力を抜いた。工房の小さなラジオが雨の音よりも小さく、薄く、古いジャズを流している。その音が二人の間の空気をまた少しだけ和らげた。

しばらくの沈黙のあと、歩が提案した。「今日、あの展示に出す小物——木のペンダントを作らない? 二つ並べて、どちらにどんな痕跡が残るか確かめたい。急がないで、時間をかけて。」

湊は目を輝かせた。だがその瞬間、工房の扉が大きく開いた。川端颯が濡れた傘を片手に、泥のついたスニーカーで滑り込んできた。彼の頬には雨粒がいくつか光っている。颯は息を整えながら、机の上の二人の作業を見て、ぎこちなく笑った。

「ごめん、こんな時に。掲示、見た? 展示の課題、全校向けになったよ。外部の人も呼ぶらしい。ほら、ポスターにも予備審査って書いてあるし。共創点ってやつも適用されるって、生徒課の連絡にあった」

歩の手がすっと止まる。湊の腹に冷たいものが落ちた。二人は通知を切っている。だが学校は紙の掲示で、情報を押し付けてきたのだ。

颯が机に置いた薄紙には、展示会の概要が記されていた。そこに並ぶ言葉は正確で、容赦がない。作品は「個人の表現力と共創性を評価」され、成績や進路資料に反映されると明確にある。共同制作で生まれた“痕跡”が学校側にとっては評価材料であり、公的な判断の根拠だということを二人は理解した。

「利用される」——歩は小さく呟いた。声に出ると、それはさらに冷えた意味を帯びて落ちた。

颯は申し訳なさそうに肩をすくめた。「俺は断れって言えない。陶芸部でも、部長がちゃんと説明してほしいって校長に直談判してる。でも学校は数字で動く。共創点を導入したのは、評価を効率化するって話だったんだ。まあ、実際は競争を煽る仕組みになるだけだけど」

湊は紙を受け取り、文字を追う。行の間に、見覚えのある言葉が飛び込んだ。『共同作業から得られる情動の可視化』——それは彼らができることの説明に当てはまりすぎていた。湊の胸がぎゅっと締め付けられる。自分たちの、二人だけの痕跡が、学校の評価装置に組み込まれる可能性が出てきたのだ。

「出すのか、出さないのか」颯が問いを投げる。彼は彼なりに、二人の事情を察しているつもりだった。歩は紙を見下ろしたまま、唇を噛む。水玉が窓に落ち、そこに外の廊下の光が反射する。雨はまだやむ気配がない。

「隠したい」と歩は言った。「でも隠すことで誰かが不利益を被るなら、それは……」

「誰かって?」湊がすぐに返す。彼の声は熱を帯びる。自分の不安が歩にかかることを恐れていたはずなのに、その恐れが形を変えて反論になる。

歩は短く笑った。「あんたでしょ。あんたは確かめたがる。だけどそれを利用されるのは怖い。私たちの痕跡を、他人の評価やデータにされるのは違う」

颯はテーブルに肘をつき、真剣な目をした。「でも出せば、作品として認められる可能性もある。進路の資料になるってことは、大学の先生の目に留まるかもしれない。利用されるかどうかは俺たち次第だ。ルールを変えることは簡単じゃないけど、参加して声を上げることもできる」

湊は顎に手を当てた。二つの選択肢が彼の前に波のように押し寄せる。隠して抑えることは、自分たちの「今」を守るかもしれない。しかし隠すことが、他の誰かの選択を奪うなら、それは違うのではないか──颯の言葉が頭の中でくるくる回った。

「俺は――」湊は言葉を選びながら、ゆっくりと息を吐いた。「確かめたい。でも、それが誰かを傷つけるなら、その確かめ方を選ばなきゃいけない。急いで結果を作るようなやり方は、俺はしたくない」

歩は湊の顔を見た。彼の瞳は雨に濡れたように光っている。彼女は一瞬、手を伸ばしてその頬に指先を触れた。触れた瞬間、湊の頬にほんのり温度が伝わる。二人の間に、また小さな共創の痕跡が生まれた。

だが、その触れ合いは短かった。工房の向こうから、別の足音が近づいてくる。クラスの数名が展示の準備で早めに部室を使っているらしい。外の世界は静かに、しかし確実に二人の選択を求めている。掲示された配分表には、共同制作の成果を評価するための審査員リストが付いていた。その中に、外部のコンサルタントの名前が混じっている。学校はすでに、彼らの作品を学校外の目に晒す準備をしていた。

歩は紙を丸めないで、指で端を押さえたまま言った。「私たち、どうする?」

湊は一度顎を引き、視線を窓の雨に合わせた。濡れたガラス越しに、隣の校舎の明かりがにじんでいる。彼は小さく笑ってから答える。「参加して、だけど条件を付けよう。共同制作の痕跡は、私たちが納得するやり方でしか示さない。展示に出すなら、その『示し方』をこちらで決めさせてくれ。勝手に解析されたくない」

颯は即座に首を振った。「そんな権限があるなら苦労はしないけど、やれる範囲で抵抗はしてやるよ。学校側に直接交渉するってことだ。時間がないけど」

歩は溜め息をつき、決意を固めた顔になる。「いいわ。誰かのための隠蔽にはなりたくない。けど、私たちのやり方を壊すような展示にはさせない