植物園で目立たないヒーローは小さな店を救う

植物園で目立たないヒーローは小さな店を救う 第25話「第23章」

温室のガラスが夕陽をまとっていた。金色の帯が植木の葉を縁取り、湿った土の匂いと、微かに焦げたような葉の甘い香りが混じり合う。透はベンチに腰掛け、掌にある小さな木の札をじっと見つめた。そこには鉛筆で乱暴に書かれた短い文と、彼と結衣が指で押して作った小さな土の跡が残っている。跡は根っこのように細く、光を受けてうねるように見えた。

温室のガラスが夕陽をまとっていた。金色の帯が植木の葉を縁取り、湿った土の匂いと、微かに焦げたような葉の甘い香りが混じり合う。透はベンチに腰掛け、掌にある小さな木の札をじっと見つめた。そこには鉛筆で乱暴に書かれた短い文と、彼と結衣が指で押して作った小さな土の跡が残っている。跡は根っこのように細く、光を受けてうねるように見えた。

「まだ、ちゃんと見える?」結衣がそっと隣に腰を下ろす。彼女の髪から濡れた土の匂いが立ち上る。夕陽の中で彼女の横顔が柔らかくなった。

透は息を吐いた。声が少し震れている。「うん。でも、さっきみたいに無理に意味を押し付けようとすると、急に何も見えなくなるんだ。手も、頭も、ふわっと抜ける感じで」

結衣は札を手に取り、指先でその小さな土の模様に触れた。触れた部分が一瞬だけ温かくなるのを、透は感じた。共同で作ったものだけが持つ、微かな「痕跡」。それが彼の能力の産物だ。だが、彼が前回、議論の場で一度だけ早急に結論を出そうとしたとき、その痕跡は辛うじて現れたにせよ、そこにあるはずの曖昧さがむしろ壊れてしまった。彼の視界は白く滲み、数時間、何も読めなかった。

「今日の市の対応は、どうだったの?」恵美が温室の入り口近くで軍手を脱ぎながら訊く。彼女の声には怒りと疲労と、まだ冷えることのない決意が混ざっていた。

透は首を振った。「スポンサーは一時的に撤退を表明した。だけど……市は評価制度の見直しを約束したって。口では。具体的にいつ、どう変えるかはまだ分からない。野中課長は『検討する』を何度も繰り返したよ」

結衣が札を引き寄せ、文字を指でなぞる。「『検討する』って、ずっと聞いてきた言葉だよね。でもね、撤退ってことは空白の期間ができるってことでしょ。補助が途切れたら、ここは本当に危ない」

亮が空気を切るように肩を落として椅子から立ち上がった。彼は根っこ屋の常連で、たまに花の配達を手伝う学生だ。髭の生えかけた顎をさすりながら言った。「でもさ、撤退したってことは、少なくとも表面上はスポンサーの圧力は一旦弱まったんだろ? それをどう利用するかじゃないか。組合か、利用者の署名活動とか、そういう現実的な手段を」

恵美が即座に首を振った。「署名はやるけど、それだけじゃ足りない。評価制度自体がこの街の小さな店を点数化して、数値で切り捨てる仕組みなんだよ。スポンサーはその仕組みに乗っかってただけ。制度を直さない限り、また同じことが繰り返される」

透は札を膝の上に戻し、両手で包んだ。木の感触が冷たい。彼はゆっくりと、仲間たちに向き直る。「だから、これからどう動くか、僕たちで決めよう。僕一人があれこれ判断して解決するってやり方はもうやめる。能力は…使い方にルールが必要だと思う」

「ルール?」結衣が眉根を寄せる。鉢植えの葉に夕陽が透けて、彼女の瞳が橙に染まる。

「うん。共同制作でしか痕跡は残らない。だから共同で、しかも作る過程を急がないこと。第三者を必ず入れること。痕跡に書かれたものを『これだ』って決めつけないこと。決めつけるほど、僕は見えなくなる」透は手の中の札を示した。「それに、使ったら必ず休む。身体が冷えるのと同時に、記憶がぼやけることがある。無理をすれば関係も壊れる。守りたいのは根っこ屋と、店で働く人たちの選択権だ。僕はそれを奪いたくない」

恵美がゆっくりとうなずく。「それなら、僕らも対等な関係でいよう。透が痕跡を頼りにしてくれるのはありがたいけど、最終的に選ぶのは当事者の私たちで。共同で作るっていうのは、そういう意味でしょ?」

結衣は微笑んで、手を伸ばし札の上に自分の指を置いた。温室の中で三人の指が重なった。指先から伝わるのは、熱くもなく冷たくもない、しっかりとした実感。透の胸が熱くなり、疼くような安堵が広がった。小さな痕跡が、彼らの手の間で微かに光った。根のような模様がゆっくりと伸び、深い褐色の渦を作る。

「いい、これでやろう」亮が笑いを押し殺して言った。「ルールは書面にしてここに貼ろう。客もスタッフもみんなに周知して、同意得て。透明にやれば、噂で動くやつらの材料は減る」

その時、結衣のスマートフォンが震えた。通知画面には「市役所:野中課長からのメッセージ」と表示されている。結衣は画面を覗き込み、眉を上げた。「追加の連絡よ。野中課長から、『暫定的措置として市は支援金の扱いを凍結し、三か月以内に評価制度の見直し委員会を設置する』って。ただし、『凍結中の公的支援については法的な検討を要する』ともある。つまりすぐに資金が戻るわけじゃない」

言葉の端が冷え切っていた。三か月という期間は長い。根っこ屋の貯金はその間に底をつくかもしれない。透は胸の中で小さなヒリヒリする感覚を感じたが、表情には出さないように努めた。

「検討するって言葉は出た。でも法律的な縛りがあるってことは、結局制度に根差した問題だよね」恵美が言った。「なら私たちのやれることは、長期戦略を立てること。イベントを増やして自前の収入を作る、会員制を始める、地元の学校とコラボする。制度の改定は時間がかかる。時間があるうちに根っこ屋の基盤を強くするんだ」

「それと同時に、評価制度の透明化を求める署名を集めて、公開ヒアリングを要求する。議会での公開だ。野中課長もそれを隠せると言ったわけじゃない」亮が小学の頃に憧れたヒーローのように拳を握る。彼の決意は簡潔で、仲間に伝染するように広がった。

透はうなずいた。「僕は能力で手伝う。ただし、ルールの下で。共同制作の場を公に開いて、来てくれた人と一緒に物を作る。痕跡はその中で、僕たちの共同体がどう感じているかのサインにする。だけど、その痕跡を僕だけで解釈することはしない。解釈は当事者たちがする。『これだ』って決めつけたら、僕は使わない。代わりに、作る過程を記録して、言葉でも残す」

結衣はぼそりと言った。「それなら、来週からワークショップを立て直そう。植物の再生、寄せ植え、店の歴史を壁に描くのもいい。来る人が根っこ屋を『感じる』時間を増やせば、数値だけじゃ見えない価値が作れる」

窓の外で、温室の外灯が一つ、また一つとともり始めた。夕陽が完全に消える前の刹那、温室の中の葉たちが影を落とす。温かい黄色の光に包まれた三人の手の上で、木札の痕跡が小さく脈打った。

その時、恵美がポケットから印刷物を取り出した。彼女は朝、古い知人からもらったという内部文書のコピーを握っていたのだ。透はそれに気づき、目を向ける。紙面には市とスポンサーのやり取りを示す細かい表が並び、いくつかの文言が蛍光ペンでマーキングされていた。

「これ、どこから?」透は問うた。

恵美は肩をすくめた。「某所のリークよ。市とスポンサーは評価基準の再構築について話し合ってたらしい。で、その会議録の一部が回ってきた。肝心のところは――」

彼女は指で一文を押さえた。「『一次評価における自動加点システムの導入を検討。大規模施設における来訪者数のデータを標準化。コミュニティ参加度は補助的評価とする』ってある。要するに、来訪者数とか、データで測れる指標を優先させる方向に動いてる。小さな店の手作り性や地域独自の価値は後回しにされる可