運動部の倉庫で休学中の画家は季節限定の約束を守る

運動部の倉庫で休学中の画家は季節限定の約束を守る 第12話「第11章」

倉庫の扉を押し開けると、夏の夕陽が細く床板の隙間に差し込んでいた。埃の匂い、ラバーシューズの擦れる音がかすかに混じり、汗の乾いた匂いがどこかに残っている。古いユニフォームや濡れたタオルの染みが積まれた棚の影で、空也は白いパレットを胸に抱えて立っていた。掌に伝わる木の冷たさ。パレットの上には、まだ乾ききっていない絵具の雫が小さな河のように固まっている。

倉庫の扉を押し開けると、夏の夕陽が細く床板の隙間に差し込んでいた。埃の匂い、ラバーシューズの擦れる音がかすかに混じり、汗の乾いた匂いがどこかに残っている。古いユニフォームや濡れたタオルの染みが積まれた棚の影で、空也は白いパレットを胸に抱えて立っていた。掌に伝わる木の冷たさ。パレットの上には、まだ乾ききっていない絵具の雫が小さな河のように固まっている。

「ここでやるんだね」陽斗が倉庫の中央に置いたバスケットボールを蹴り、弾まない音を残した。茜は肩に掛けたエプロンの端をぎゅっと握り締め、駆は膝の裏を掻く仕草をしている。夏葉は一歩下がって、両手を組んだまま俯いていた。彼女の髪が背中から柔らかく落ちる。空也はその背筋を見て、自分の心臓が跳ねるのを感じる。

「分かってる。これで全部は分からないってことも、代償があるってことも」
空也は低く言い、パレットをテーブルに置いた。声に揺れはないつもりだったが、手の震えが白い縁を細かく震わせた。茜が近づき、パレットの近くで立ち止まる。彼女の目が黒い光を含み、唇が薄く結ばれる。

茜が空也のキャンバスの山を見る。そこには、以前のまま放置された作品群があった。絵具の鮮やかさが抜けた布。緑は灰色がかり、薄い朱色は記憶色のように退色している。

「——何回目?」茜の声が割れる。問いは責めではなく、抜けきらない心配の色を含んでいた。

「数えられない。展覧会の前に一枚、授業のために二枚……」空也は言葉を飲み込む。口の中に刺さる乾き。絵具を奪われたように、あの日々の色がむしろ彼の中から淡く消えていくのを知っていた。

陽斗がテーブルの反対側に肘をつく。彼の声は、いつもの煽り混じりではなく、真剣だった。「でも今は――夏葉を守るためにどうしても必要なんだ。噂に飲まれる前に、彼女の意思を確かめる証を出す。校則や生徒会の評価基準に勝てるものを、ここで作れるなら」

「証って……それが『共同で作ったものに残る痕跡』だって、空也が言ったんだよね。あれで夏葉の——」駆は言葉を探した。倉庫の天井の梁に貼られた古い広告の紙が、風に揺れてカサリと音をたてた。

空也はパレットに手を伸ばす。そこに載った色が、確かにまだ鮮やかに見える。けれどその色は、彼が使うたびにどこか透明に引き戻される。パレットの白い部分が、ゆっくりと静かに膨らむようにして広がり、色を飲み込んでいくのを、彼は今ここで、みんなに見せる必要があった。

「見せるよ。代償も含めて全部」空也の声は小さかったが、倉庫全体に静かに染み渡った。彼は手を震わせながらパレットを掲げ、皆の視線を自分に集める。

茜は呼吸を整え、目を閉じてから開いた。「私たち、あなたを“利用”するつもりはない。分かってる。代償はあなたの表現の一部を奪う。だけど、それでもいいのかって、あなた自身が決めることだよ」

「僕が抱えてきたものだ。だけど……」空也はパレットの上に指を置き、硬い絵具を指先でなぞる。冷たい。指先に伝わる感触は、経験の記憶のように重い。彼はゆっくりと、夏葉と自分がつくった最後の物——倉庫の隅にしまってある、二人で加筆した古い運動部のタオルを取り出した。縁が擦り切れ、汗の匂いがまだ染みついている。

夏葉は指先をタオルの縁に当て、遠慮がちに笑った。「これに残ってるかな、私の気持ち」

「残る。だけど──」空也が言葉を一旦止める。言いにくさが、喉にひっかかった。能力の条件を説明することは、いつも自分を曝け出すことに似る。だが今回は違う。仲間と夏葉がそこにいる。彼らは自分だけの代償を分かち合うことを選ぼうとしている。

空也はゆっくりと呼吸を整え、パレットをタオルの上にかざした。目を閉じた瞬間、世界が細い糸のように引き伸ばされ、色が音と一緒に流れ出すような感覚が訪れた。耳鳴りにも似た高周波の波が胸を走り、その中から、タオルに縫い込まれた触覚と記憶が浮かび上がる。

だがその瞬間、パレットに載っていた青が、空也の視界の端から溶け出した。ピンと張った風船が破裂するように、鮮やかな群青が白に戻る。彼の眼前で、絵具がスローモーションで流れ落ちる。白いパレットの縁に沿って、色がまるで物理的に吸い取られるように薄れていく。茜が息を呑み、陽斗の拳が小さく震えた。

「……ダメ、見えすぎることはない。『決めつけ』たら、何も見えなくなるって言っただろ。今だって、僕が答えを出したら、その可能性そのものを壊す」空也の口調に緊張が乗る。見ることが「所有」にならないように、彼は慎重に言葉を選んだ。

駆が前に出た。「じゃあどうするんだよ! これじゃあ結局、情報は手に入るけど、夏葉が自分で選べなくなる可能性だってある。おまえ、譲れないんじゃないのか?」

「譲れないんだ。だからこそ、僕一人で決められない」空也は指で白い縁を撫でる。そこに残った色の欠片が、触れるたびに冷たくなる。

茜が夏葉の目を見て尋ねる。「夏葉、私たちと一緒にやる? ただ読むだけじゃない。作るときに手を動かして、声を出して、そこに残る‘痕跡’をあなたの意思とする。私たちはそれを尊重する。利用はしない」

夏葉の瞳が細く光った。倉庫の埃が空気にちらつき、彼女のまつ毛に光が反射する。何秒かの沈黙の後、彼女はゆっくりと頷いた。「……やる。私、自分で決めたいから。それがどう見えるとしても、私のものにしたい」

その決意を聞いた瞬間、空也の肩の力が抜けたように見えた。だが同時に、彼の中で何かが硬直していくのも感じた。自分の色を差し出す行為は、これまでの蓄積を切り崩すことでもある。空也は、倉庫の梁に貼られた古い落書きをふと見上げた。そこには、過去の共同制作の痕跡が幾重にも重なっている。落書きの紙片、ペンキのはね、手垢のついた木目。時間とともに染みついたそれらが、ひとつの層になっている。

「気づいたか?」陽斗が小さく声を漏らした。「この倉庫そのものが、たくさんの共同制作の‘媒体’になってる。繰り返し人が作業して、触れた場所から痕跡が積もってる。もしかしたら、ここで作るってこと自体が、痕跡を強くするんじゃないか」

茜が目を輝かせる。「それ、あり得る。私たちが木に塗る色、手の熱、会話の時間、全部が‘混ぜられて’残る。単独の物よりも、ここでの共同作業は、より‘場’に刻まれるようなものになるかもしれない」

駆が顔をしかめる。「理屈は分かる。でも、それがどう『読む』助けになるかは別だ。結局は空也の感覚次第だろ?」

「その通りだ」空也は答え、パレットをぎゅっと握りしめた。白がまた一ミリ、色を押し流す。彼は恐れを抑えながら言葉を続ける。「だけど、僕はもう一つだけ知ってる。痕跡は——自発性がないと、鈍る。強制されたものは薄くなる。だから、もし夏葉の意思が本物なら、ここに残るものはちゃんと反応する。だけど、僕がそれを決めつけるように見たら、全部を壊す。僕らがやるべきことは、夏葉が自分でその物に手を加えられる状況をつくることだ」

陽斗が拳を握りしめた。「なら、俺たちは守る。夏葉が手を動かせるように、外部の圧力を遮断する。俺が表向きに噂を押さえる。茜と駆は――」

「私は制作の手を動かす。材料の準備と設計は任せて」茜は言って、倉