雨の日の自習室で嘘から始まる同居人は誰にも言えない失敗を分け合う

雨の日の自習室で嘘から始まる同居人は誰にも言えない失敗を分け合う 第3話「第2章」

窓に打ちつける雨粒が、短い鼓動になるたびに部屋の空気が揺れた。靴底の湿った跡がフローリングに淡く残り、電気ポットの蒸気が白い筋を描く。食卓の中央には開かれたノートが置かれていて、二人のペン先がそこに向けられていた。

窓に打ちつける雨粒が、短い鼓動になるたびに部屋の空気が揺れた。靴底の湿った跡がフローリングに淡く残り、電気ポットの蒸気が白い筋を描く。食卓の中央には開かれたノートが置かれていて、二人のペン先がそこに向けられていた。

「じゃ、もう一回だけ確かめよう」陽斗が言った。声は低く、しかし昨日の自習室で見せた彼の表情は消えていない。梓は頬をほんの少し上げて、ペンを握る手に力を入れた。

梓は先にページの左半分に小さな見出しを書いた。「アルバイトの遅刻——分割」。その下に、細い字で自分の失敗の一つを書き留める。字に滲みが出るのは、まだ湿った索引紙のせいか、梓の指が震えているからかもしれない。陽斗はページの右側を担当し、自分の小さな不手際、授業での噴出し笑いのことを綴った。互いに交互に、箇条書きのように事実だけを並べる。言葉は客観的で、感情はできるだけそぎ落とした。

「触ってみるよ」梓が言うと、陽斗はためらいながらも自分の指をページに置いた。インクの匂いと、ほんのりと紙の温かさが指先に伝わる。梓が触れた箇所――自分が書いた行の端の短い筆跡に対して、彼女は胸の奥がふわりと軽くなるのを感じた。まるで、何か張っていた膜がほんの少し緩んだみたいに。

陽斗は自分の側に触れると、逆に胸の奥に小さな引っかかりを感じた。語ってしまった分だけ、身体が何かを抱えたような感触。二人の指先に届くのは、書かれた「言葉」そのものではなく、それが残した何かの輪郭だった。匂いとでも、温度の差とでも言うような、曖昧だが確かな実感。

「分かった。きちんと分けるってこういうことだ」梓は息を吐いた。雨音がその吐息を包み込む。

陽斗はページに目を落とし、眉間にしわを寄せる。「ただし、条件がある。これ、誰がどれだけ負うかを数値で決めたり、はっきりと割り振ったりすると、痕跡が消える。さっきの感覚が、薄くなるんだ」

梓は首を傾げた。「どういうこと?」

陽斗はノートの中央に小さく「陽斗30/梓70」と書いた。まるで計算式を挟むみたいに。二人は同時に指をその数字の列に触れた。

瞬間、くすんだ風が部屋の中を流れたように、ページのインクの光沢が鈍くなり、鉛筆のように色が落ちていく。触れたときに訪れたあのふわりとした軽さは、するりと消えた。代わりに、腕の先に冷たさが広がるだけだった。

「──見えなくなる」梓の声は小さい。指先の感覚が、語るべき何かを奪われたように頼りなくなる。

「決めつけるほど、その痕跡は反応しなくなる」陽斗は書いた数値を指で擦り、また白紙になったかのようにそこから手を離した。「向き合うことはできるけど、数字や割合で権利を固定すると、痕跡は身を引く。記録というより、共同で作った“何か”だったんだ」

理解はじわりと来た。梓はゆっくりとページを指で撫でる。インクの粒子に触れる感覚は、生き物の体温を確認するようなものだった。だが、そこに「これだけを君の責任にする」といった明確な線を引けば、体温は逃げ去る。

「じゃあ、どうやって使うの?」梓は訊ねた。「曖昧なまま?」

「曖昧さを許せるかどうかだよ」陽斗は肩をすくめる。「それと、もう一つ。共同制作を急ぐと壊れる。急いで“ここに書けば片付く”って思って走ると、作ったものが裂けて、当然のことが逆戻りする」

梓は顔を上げ、窓の外の雨脚を見つめる。彼女の思考は先へ先へと動いた。自分が本当に分け合いたいものは何か。誰のために、どこまで軽くしたいのか。

「じゃ、試す」梓が言った。声には決意が混じっていた。ページの下に新しい見出しを刻む。「美里のこと——噂でテストの流出があったって」。美里は同じゼミの女の子で、昨日の自習室で梓がちらりと心配していた相手だった。彼女は無言のままで目立たないタイプだが、最近、掲示板で名前が出回っていると聞いた。

「それは……重いぞ」陽斗の手が微かに震えた。「リスクが大きい。誰かの進路に関わるかもしれない」

「だから二人でやるんだよ」梓はペン先を押し付ける。「でも、急がない。順序を守って、手順を踏む」

二人はページを分け、事実と綴り方だけを冷静に書いた。何が起きたのか、時間軸、見たもの、聞いたこと。それから二人でページの中央に向かい合い、同時に一行だけ書き足す。言葉は短く、「分け合う」。インクが滲む。梓は息を整え、陽斗も同じく深く息を吐いた。

触れてみると、今度は前よりもはっきりした。梓は胸の重みが確かに半分ほど薄くなるのを感じ、陽斗はそれに伴って肩の力が抜ける。だが、それは静かな変化だった。大袈裟なものでも、即効薬でもない。二人で作った時間と手順が、痕跡を呼び覚ましたのだ。

「これなら、誰かを救えるかもしれない」梓は呟くように言った。しかし陽斗の表情は陰った。

「気を付けてくれ。これを“使う”ことは、美味しい解決じゃない。依存を生む。人は楽をするためにこれを頼るかもしれないし、何より、外からの圧力に対抗するための切り札にされる可能性がある」陽斗は言葉を選ぶように続けた。「学校や評判を食い物にする人間がいたら、最悪の場合、これを使って『共同で責任を分担した』と証拠を作られてしまう」

梓はノートの端を指で撫でながら、ふと別の疑問を突きつけた。「でも、他人の罪悪感を読み取ることはできないの? たとえば美里のノートに触れば、彼女の気持ちがわかるとか」

陽斗は首を振った。「いや。これは共同で作ったものにだけ反応する。僕ら二人で作ったなら、そこに痕跡が残る。でも第三者の内側を覗く道具にはならない。彼女が一緒に書かない限り、何も起きない」

梓は少し安心した。力が万能ではないことが、どこか救いにもなった。誰かの秘密を無理やり引き出す道具にならないでくれと願ったのだ。

「分かった。じゃあ、次のステップを考える」梓は立ち上がり窓際へ寄った。雨の向こうに、ぼんやりと街灯が揺れている。外はまだ嵐が続いているようだった。

そのとき、陽斗がテーブルに身を乗り出し、ページの余白に目を凝らした。インクの合間に、二人とも書いていないはずの細い鉛筆の線が、かすかに浮かんでいるのに気づいた。人の名前のようにも見える文字。薄く、途中で消えかけた線。

「それ、何?」梓がすぐに近づく。指の腹でつつくと、鉛筆の粉っぽい感触が指先についた。その線は二人の書き込みよりも古いもののように見えた。ページの端に小さく、判読しにくい文字が並んでいる──「雨の自習室」「三年A組」「12時14分」。

二人は顔を見合わせた。雨の自習室、その時間。昨日の自習室の情景が、わずかに瞼の裏をよぎる。だが、確かにその日あの場にいたのは二人だけではない。周りには他の学生もいたはずだ。

「誰か、ここを使ったのかもしれない」陽斗の声は低かった。「同じやり方を、別の誰かが。このノートを……」

梓はページをめくった。間に挟まっていたのは、薄く色あせた花びら一枚。かすかな香りが指先に残る。雨の匂いと混じり、どこか遠い午後の匂いだ。

「持ち主は、どうする?」梓が訊ねる。問いは単純だが、その答えは大きかった。もし誰かがこの方法を使っていたら、彼らは何を分け合って、どんな代償を払ってきたのか。あるいは、今もその代償に縛