潮騒銃の牧童と鉄道皇国 第8話「第7章」
食堂の明かりは蛍光管のわずかなちらつきだけで、そこにあるものを白く洗いざらしたように見せていた。長い木のテーブルの両側に人々が座り、声の断片が波のように揺れていた。ユイは自分の皿の縁を指先でつまみ、小さな海の音を思い出そうとした。潮の匂いはここまで届かないが、潮騒銃の金属の冷たさと、ふと頭の片隅に蘇る潮騒のリズムだけが、彼女と海を繋いでいた。
食堂の明かりは蛍光管のわずかなちらつきだけで、そこにあるものを白く洗いざらしたように見せていた。長い木のテーブルの両側に人々が座り、声の断片が波のように揺れていた。ユイは自分の皿の縁を指先でつまみ、小さな海の音を思い出そうとした。潮の匂いはここまで届かないが、潮騒銃の金属の冷たさと、ふと頭の片隅に蘇る潮騒のリズムだけが、彼女と海を繋いでいた。
テーブルの左側は反対派、右側は賛成派に分かれている――と誰かが後で洒落で言ったが、今は本気の分断だった。賛成派は銃を集落の守りとして明文化し、誰がどう扱うかをルールにするべきだと言う。反対派はその手続きを恐れ、外部の制度と同じ形式を内側に持ち込むことを拒む。声は次第に荒く、食べ物の皿が金属音を立てる。
「ユイはどう思うんだ?」と、リコが小声で尋ねた。リコの目は赤く、眠れていない顔だ。ユイは答えなかった。返事が何かを壊してしまうことを恐れていた。潮騒銃は棚の上に置かれている。白い布が半分被せられ、淡く光る金属が見える。遠ざかる波のように、銃はただそこにあるだけで、空気を変えた。
食堂の端で声が低く震えた。サトルが立ち上がり、厚手のコートのポケットをたたいた。彼の手元で、紙切れがはらりと床に落ちる。床板に落ちた紙が、古い列車の線路のように見えたのはユイだけだろうか。「俺は……」サトルは言いかけて、目を逸らした。彼の顔はいつになく硬い。誰もが彼の表情を詮索する時間はもうなかった。背後の扉が開き、夜の風が一瞬、食堂の中を通り抜けた。
「偵察の報告だ。皇国の使者が周辺に来ている」ハジメが声を押し殺して言った。ハジメは外見は普通の男だが、かつて線路のメンテをしていた経験があるため、情報の信頼度は高い。言葉の後、テーブルの空気が沈んだ。サトルの肩が鳴るように震えた。
「どうして連絡が漏れたんだ」ミナが吐き捨てる。ミナは手に包帯を巻いたまま立っていた。彼女は実務を担当し、誰かに負い目を感じさせない実行力を持っている。だがその眼差しは、仲間を責める言葉より重かった。
サトルはその瞬間に立ち尽くし、苦しげに笑った。「俺のせいだ。情報を、売った。金じゃない、兄貴のことを――」言葉はそこで途切れた。サトルの胸が激しく上下する。食堂の声が一斉に跳ね返ったような空気が生まれる。だれかが皿を落とし、陶磁器の欠片が床に散る音が、二つの遠い海鳴りを重ねた。
「何を言ってる!」リコが叫んだ。言葉は怒りというより混乱だった。「どうしてそんなことを、サトル!」
サトルの目から光が零れ落ちた。「強請(ゆす)られたんだ。皇国のエージェントに。俺が持ってる地図と避難経路の記録――あいつらが兄貴を、人質にした。俺は――」
ユイは立ち上がろうとしたが、身体が固まった。彼の理由は、ほんの少しだけ救いになったが、救いは裏切りの代償を消せない。誰かが、ここにいる人間たちを売り渡した。ユイは潮騒銃の棚を見た。銃は暗い中で、まるで自らを責めているかのように穏やかな輪郭を持っていた。
「今夜、列車が通過する。補給と兵員輸送だ」ハジメが続けた。「サトルが売った情報で、皇国は我々の避難路を把握している。明日の夜明けに、奴らはここの外縁を封鎖して強制排除のために入る。数時間もない」
時間の針が音を立てずに動くように思えた。誰もが自分の鼓動しか聞こえない。ユイの胸の中で、潮騒のリズムが震える。使える道具は一つ。潮騒銃は、一度だけ、共有された作戦を媒介して有形の結果を生み出す。だが、その力は完全ではない。彼女はその条件を何度か思い出した――友達と合意して共有された「一度きりの作戦」を実現すること。仲間の承諾を無視すれば、銃は敵にも作用する。単独で使えば代償がある。耳鳴り、視界の揺らぎ、あるいはより深いものを失うかもしれない。
選択を迫られる時間は残酷に短い。ユイは棚に近づくと、布を捲り上げて潮騒銃を抱き上げた。金属の表面は思ったよりも温かく、微かな潮の匂いが指の腹に残った。銃の側面に刻まれた模様は、波と羊の足跡のように見える。牧童だった彼女にとって、それはいつでも守るべきものの象徴だった。
「ユイ、何をするつもりだ」ミナの声が後ろから来る。ミナの目は怒りよりも恐怖に軋んでいた。
ユイはゆっくりと振り返った。食堂の中央で、グループが二つに分かれている。サトルはドアの方へ向かっている。彼の体には逃げ場のない人間の影がくっついている。ユイは銃を抱え、決意が固まる感覚とともに、矛盾の重さを感じていた。
「列車を止める」ユイが言った。言葉は簡潔で、余計な装飾はなかった。「ここを避難の拠点にするつもりだ。列車が来る前に、経路を混乱させて、皇国の接近を遅らせる」
誰もがその案の良し悪しを即座に理解した。だが天秤にかかったのは方法だ。合意を取り、全員で作戦を共有すべきだという意見と、時間がないという現実。合意に時間を使えば、列車はそこに来る。
「協議を待つ時間がない」ユイは続ける。「誰かが賛成しないなら、私は一人でやる。待っていたら、全員が失う」
ミナは唇を噛む。リコは顔をこわばらせる。サトルは動きを止め、背中を向けたまま小さく震えた。ユイはその反応を見て、決断を固める。誰かがつぶやいた、「その銃を勝手に使うのか」と。ユイは頷いた。
潮騒銃のトリガーに触れると、内部で薄い金属が鳴るような音がして、空気が湿ったように感じられた。ユイは小さく息を吸った。銃が発する音は、海底から上がってくるような低いうねりだった。部屋の蛍光は一瞬、青白く揺らめいた。
操作は単純だった――計画を心に描き、銃と意思を同期させる。だが「共有」は伴わない。ユイは合意を取らなかった。彼女の胸の中で、幼い日の羊飼いとしての慎重さと、今目の前で人々を守りたいという衝動がぶつかっていた。
銃から流れ出た潮の音は、ユイの内耳に直接触れた。海の記憶が脳に流れ込み、列車の電子波形や信号の位相を撹拌する設計図が肌の裏側で浮かんだ。ユイはそれを押し込むように、外の軌道へとそのイメージを送り出した。暗闇の向こうで、線路は微かに震え、遠くのライトがちらつく。
同時に、何かがユイの内で裂けるのを感じた。最初は耳鳴りかと思った。次に、周囲の声が遠くになる。ミナの名前を呼ぶ声が、まるでガラス越しに聞こえるようになった。手にした銃の重さが急に軽くなり、代わりに胸の奥が冷たくなった。視界の端がぐらつき、海の音が一層強くなる。
作戦は動いた。外の線路で、信号が混線を起こし、列車の速度制御が一時的に狂った。走行ライトのリズムがずれ、遠方の汽笛の音が歪む。ユイはそれを見て、胸をなで下ろした。だがその瞬間、食堂のドアがまた開き、冷たい風と共に黒い制服の影が一つ、二つと入ってきた。使者は静かで、手際が良かった。彼らの動きには無駄がない。誰かが笑っているように見えたが、そうではない。ユイは驚愕した――彼らは、今流れた混乱を予期していた。
「君のやり方は単独での使用だ。合意がない場合、作用は周囲に広く及ぶ。狙い通りに見えたかもしれないが、同じ原理で我々にも触れた」一人のエージェントが、冷たく言った。台詞は静かで、しかしその一語一語がユイの耳に刺さった。彼の視線は