潮騒銃の牧童と鉄道皇国

潮騒銃の牧童と鉄道皇国 第29話「巻末特別章」

木製の集会所の窓は、午後の潮風に押されてゆっくりと鳴った。波が礫(じゃり)を撫でる音と、遠くを走る貨車の震えが床板に伝わる。ユウナは膝の上に潮騒銃のケースを抱えていた。鋲打ちの革が潮けを帯び、金具は海風で淡く曇っている。銃身の端が少しだけ見えていた。銀色の刃先に、わずかな海玉(しずく)がきらりと残る。

木製の集会所の窓は、午後の潮風に押されてゆっくりと鳴った。波が礫(じゃり)を撫でる音と、遠くを走る貨車の震えが床板に伝わる。ユウナは膝の上に潮騒銃のケースを抱えていた。鋲打ちの革が潮けを帯び、金具は海風で淡く曇っている。銃身の端が少しだけ見えていた。銀色の刃先に、わずかな海玉(しずく)がきらりと残る。

「来島少佐か」ハルカが短く言った。老婆の声は海藻を干したあとに残る乾いた匂いのように落ち着いている。彼女の手は椰子のように皺だらけだが、指先には決意が宿っていた。

扉が開いて、背の高い軍装の男が入った。来島少佐――鉄道皇国の外縁行政を名乗る、濃紺の制服の肩章が光る。制服の布に混じる線路の粉が、集会所の板床に黒い筋をつけた。彼は銃を一瞥すると、口許に微かな笑みを作った。

「集落のための話だ。銃は国家の管理下にあるべきだ。秩序が優先されるとき、個別の情緒は危険だろう?」来島は言葉を緩ませず、書類をぽんとテーブルに投げた。紙は海風にめくれ、判子の朱が目に刺さる。

ユウナは来島の言葉を全部は聞き取れなかった。聴力は前と同じではない。銃を使ったときの代償は、身体の一部を少しずつ奪っていった。右耳の高域が抜け、海の鳴き声が遠ざかる。だが立ち位置の振動、来島の体温、制服の匂いはわかる。彼の前に光る判子と紙の冷たささえ分かった。

「国の秩序なら、それをまず見せてください」ユウナは穏やかに言った。声にまだかすれがある。たびたび銃を鳴らしたせいで、喉も感覚が残りにくくなっている。だが言葉は確かだ。「ここは私たちの避難所です。合意のない武器の移送は認められない。」

来島は眉間にしわを寄せた。「合意? そんなものは曖昧だ。迅速な決定が必要だ。若者は犠牲になり、物資は浪費される。」

「犠牲を選ぶのはあなたであってはならない」ハルカが割って入った。声に怒りはないが、言葉に重さがある。「選ばせるのが我らの仕事だ。」

来島は小さく笑ったように見えた。彼はそっと鞄の中から小さな器具を取り出し、銃のケースへと手を伸ばした。周囲が一瞬、氷を抱いたように静まる。そのとき、助手の一人が無言で前に出た。若い兵士――目が真っ直ぐで硬い。彼は来島の指示を待つように震える掌を差し伸べた。

「触れるのはまずい」リリが叫んだ。彼女の声は細い糸のように張りつめ、棚の瓶に残った塩の匂いを引き出した。だが兵士の手は止まらず、器具でケースの留め具をこじ開けようとした。不器用な力作業の金属音が、水面に落ちた雨滴のように弾けた。

金具が外れた瞬間、銃身の先から潮の匂いが勢いよく立ち昇った。まるで海が短く息を吐いたかのような冷気と、微かな金属の生臭さ。光が集会所の空気を裂き、床板の振動が鋭くなった。来島は器具を持ったまま、あっ、とだけ言った。言葉の切れ目に、兵士の耳の奥で高い金属音が鳴った。目には見えないが、ユウナの胸に何かが引き裂かれるような感触が走る。

兵士は腰を抜かした。彼の右耳の音がふっと消え、世界が右側だけ欠けた。来島の顔が驚愕に変わったのは、その瞬間だった。器具を片手に握ったまま、彼の動きが鈍くなる。制服の布を通して伝わる鼓動は、確かにそこにある。しかし彼の声は薄れ、指揮を失った部下たちの中で伝わらない。

「――註!」来島はかすかな声で叫んだ。だがその叫びは、兵士には届かず、彼らは互いに目配せをするばかりだった。ユウナにはわかった。単独で使えば、使った者は何かを失う。兵士の耳はもう元には戻らないかもしれない。忠誠と命令の音が、そこで断たれた。

それだけでは終わらなかった。器具が引き金に触れた瞬間、銃は勝手に海の粒子を放ち、空気と時間の摺り合わせを一瞬で完成させた。共有された作戦であれば望む形に整うはずのものが、合意のない触発により乱れ、両側の身体に同時に刺さるように作用した。集会所の外では、線路の信号が一斉に変わり、貨車の扉が互いに噛み合うように閉じた。来島の兵たちは行動不能になったが、その効果はむしろ「強制」に近く、避難民の一部が出口を塞がれて、慌ててぶつかり合った。

「おや?」ユウナは世界の音の一部が再び遠のくのを感じた。兵士の倒れる体の振動が、胸から腰へと伝わった。自分の皮膚に染み付く潮の湿り気が、冷たい刺すような感触となる。来島の瞳に、初めて焦りが現れた。

リリが駆け寄り、兵士の耳を抑える。「彼は……聞こえないの?」

ユウナは震える声で答えた。「ああ。触ったんだ、合意なしで。代償は――その人の一部だ。」

来島は自分の耳を叩き、何かを叫ぼうとした。だが口から出る言葉は息のように薄く、兵たちには届かない。制服の肩章が小刻みに震えるだけだった。窓の外で列車のライトが一瞬だけ海面を斬り、また暗くなる。その光は、まるで何かが完了したかのように集会所の空気を引き締めた。

騒動の中、ユウナはケースを引き寄せた。潮騒銃の側面に、自分の手の温度が写る。思考が走った。再び、誰もが傷つくような行為を繰り返してはいけない。だが反射的な行動が危機を生むのも事実だった。ユウナは思い切って手を銃の把手に掛けた。引き金にかかる触感は、以前と同じく、冷たい貝殻を押し込むような抵抗があった。

「ユウナ――!」ハルカが腕を伸ばし、声にならない叫びを放った。リリ、マルも立ち上がり、三人の目がユウナに集まる。来島の目が血走り、彼はまだ指揮を取り戻そうともがいている。誰も、合意のない使用を望んでいない。だが今、目の前で迷い、傷つき続ける人々がいる。

ユウナは引き金に指を触れようとする寸前で、指を引っ込めた。代償を一人で背負えば、また何かを失う。彼女の胸を、かすかな痛みが掠めた――聴覚だけではない、以前に失ったものが胸の奥で冷たく疼く。だがその痛みが、彼女を止めた。

「合意だ。皆で決める」ハルカが静かに言った。言葉は薄いが、集会所の木目に深く刻まれるように響いた。来島は目でそれを追った。彼はまだ満身創痍だが、威厳を取り戻そうとした。

ハルカはゆっくりと立ち上がり、ユウナの手の横に自分の手を置いた。リリが震える掌を差し出す。マルが二人を見て、唇を噛んだ。来島の助手の兵士は耳を押さえたまま、ぼんやりとその場を見ている。誰もが静かに息を吐いた。

三つの掌が潮騒銃に触れた。金属は冷たく、ざらつきが手の平の線を追う。ユウナの指先に、仲間たちの決意が伝わる。たとえ彼女がひとりで引き金を引き、感覚を失っても、ここでの選択は独占ではない。共にやると約束することで、銃は別の働きをするはずだと、彼女は信じた。

銃身の先で、海玉がゆらりと踊る。四人の呼吸が集会所の天井に消えていく。リリの小さな声が、合図のように低くなる。「一緒にやる。誰も奪われないために。」

銃は、小さくうなずくような音を立てた。それは潮が岩を撫でる音にも似て、遠くから返ってくる歌のようだった。合意の意志が、機械に浸透する。さっきの、合意なき発動とは違う。世界は一瞬、整然と呼吸を取り戻した。外の扉はゆっくりと開き、貨車の扉も音を立てて戻った。来島の兵たちは混乱しながら互いに助け合い、倒れた者を起こす。被害は最小限で済んだが、兵士の一人の聴力は戻らなかった。

ユウナは掌の感覚が薄くなるの