潮騒銃の牧童と鉄道皇国

潮騒銃の牧童と鉄道皇国 第17話「第15章」

潮風が回廊を走り抜け、木製の掲示板の紙びらがぱたぱたと音を立てた。港を見下ろす古い工房の前庭には、臨時の長机と畳み椅子、そして一つの木箱──投票箱が据えられている。箱の側面には、古い旗布の切れ端を縫い付けた目印があり、布は海風に揺れて白い波模様を描いた。

潮風が回廊を走り抜け、木製の掲示板の紙びらがぱたぱたと音を立てた。港を見下ろす古い工房の前庭には、臨時の長机と畳み椅子、そして一つの木箱──投票箱が据えられている。箱の側面には、古い旗布の切れ端を縫い付けた目印があり、布は海風に揺れて白い波模様を描いた。

海野梓は指先に付いた塩の粒を払ってから、ゆっくりと潮騒銃の側へ回った。銃は半ば分解され、砲身が外され、内部の渦巻き状の膜が無防備に露出している。里倉綾(さとくら あや)がライトの光を当て、薄く残る海水の斑点を布で拭い取った。綾の掌の震えは、加工するたびに増す緊張から来ているのがわかった。彼女は技師だ。機械の隙間で呼吸する人間だった。

「ここが核心よ」綾が低く言った。声は金属臭と一緒に溶け込む。彼女はピンセットを使って、銃の内部に張り巡らされた細い導線と、貝殻のように薄い有機膜を示した。膜は鳴る。手のそばで、かすかに潮の音が零れるような振動があった。

梓はその微かな振動に耳をすませる。振動は、記憶の中のあの音と同じだった──避難所で、彼女が一人で銃を構えたときの潮の歌。だが今日は違う。今日は合意のための場だ。

集会には、避難民の老人や子どもも交じっていた。邑長の中島宗一は古い帽子をぎゅっと握りしめ、眉間に皺を寄せている。久保田渚は各人に小さな白い紙を配りながら、最後の確認をして回っていた。陽斗は梓の隣に立ち、汗で濡れた額を指の甲で拭った。彼の眼差しは、今にも壊れそうなほど真剣だった。

綾が説明を続ける。

「改変の目的は二つ。ひとつは、潮騒銃を操作する合意プロトコルを機械として組み込むこと。複数の鍵を同時に投入しないと作動しないようにする。もうひとつは、作動を可視化するログを残して、誰がどの決定をしたかを明確にすることです。……でも、リスクはある。導線の改変で共鳴の位相がずれた場合、使った者の神経系にリバウンドが生じる。触覚、聴覚、あるいは視覚の一部が一時的に、あるいは永続的に損なわれる可能性がある」

老人たちの間にざわめきが起きた。梓は無言で拳を握る。自分がかつてその代償を払ったことを、あえてここで言葉にしようとはしなかった。言えば、決定は変わるかもしれない。言わなければ、納得の上での選択にならない。

「合意を無視して単独で使う者がいれば、効果は『仲間のための共有』という制約を越えて外へ向かう、と綾は言った。敵性の標的にも届く。だが、その場合でも使い手は代償を受ける。つまり……」陽斗の声が割れて、止まる。言い切れないほど残酷な構図があった。

立ち上がったのは、若い男、菅野響(かんの ひびき)だった。響はいつも怒っている顔をしている。軍服の切れ端で作った腕章をぎゅっと握ると、彼は前に出た。瞬間、空気が寒くなった。

「それなら、見せればいいだろう。ここで、今、俺が一発撃ってみせる。敵に届くのかどうか。あんたらが怖がってるだけだ。梓、手伝え!」

響の声は挑発的で、どこか切羽詰まっていた。避難所の一部は鉄道皇国の圧迫に怯えており、即時の「対抗手段」を欲している。響はそれを代弁したのだ。

梓の体が反射的に動いた。手が銃の匣へ伸びる。綾が腕を差し伸べてそれを掴む。二人の間に短い火花のような静かな抗争が走った。

「待って、響。議論を踏まえてからだ。合意なしに撃つと──」綾の声は冷たいが震えている。

響は振りほどき、匣を掴んだ。「俺は合意を待っていられない。明日、通りがかりの皇国の哨戒が戻ってくる。今日が最後のチャンスだ!」

彼は銃口を向け、引き金に指先を掛けた。周囲の誰も手出しができない。息遣いが鋭くなる――そして、梓は自分の中から湧き上がる声を抑えきれず、叫んだ。

「やめて!」

引き金が引かれた。銃は一度、低い鳴動をあげ、空気が収縮した。海鳴りのような音がすべてを飲み込む。いつもは一瞬で梓の頭を満たすはずの潮の旋律が、今日は薄い氷のように割れて見えた。

遠く、港の防波堤の先で鉄塔に立つ見張りがゆらりと膝を折った。誰かが声を上げ、驚愕した顔で空を見上げる。銃の効果は、確かに外へ届いた。だが同時に、響の顔色が変わった。彼は自分の頬を引っ掻き、悲鳴にも似た声を漏らした。指先が震え、匂いを探すように鼻を押さえる。どうやら触覚と嗅覚に強い乱れが生じているらしい。身体の奥の何かが焼けるように響く。

綾が駆け寄り、懸命に救急箱を開く。梓は立ち尽くす。自分の耳にいつもあるはずの微かな潮の痕跡が、いまや遠くなっていた。梓の聴覚の一部が、またしても薄く消えている。言葉はまだ聞こえる。足音も聞こえる。だが潮の裏側の細い笛のような音が消えた。胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚がした。

響は床に膝をつき、顔を手で覆っている。怒りはどこかに飛び散り、残ったのはただの恐れだった。彼は呟いた。

「……敵に、当たったのか?」

「当たった」綾が簡潔に答えた。「だが、同時にあなたは代償を受けている。合意を踏みにじったことで、効果は外へ向かい、標的に届いた。しかし、あなた個人の神経は反動を受けた。これが、私が言っていた危険だ」

風が港から吹き込み、響の汗に塩を落とす。しばらくの間、会場は沈黙した。投票箱の木蓋の上に、白い紙が一枚、風で滑り込んだ。誰もそれを拾わない。

「だからこそ、私たちは投票をするんだ」梓は声を固めた。彼女は自分の失われた聴覚の断片を数えながら言う。「私たちを守るための仕組みは、私たち自身が選ぶべきだ。代償を理解した上で、それでも手を貸すかどうかを」

久保田渚が前へ出て、箱の前に立つ。彼女は一枚の紙を取り、ゆっくりと折って手の中に隠す。若者たちが次々と同じように白紙を折り、箱へと投じていった。紙の落ちる音、投票箱の中で擦れる紙の匂い。旗がまた一度はためき、海の匂いが会場を満たした。

投票は秘密投票だった。誰かを責めたり、熱狂させたりするためではない。単純なイエスかノーか。改変を行うか。合意の機構を組み込むか。付帯条件は、透明な議事録の作成、外部監査の受け入れ、そして使用には住民の過半数の承認を要すること──これが梓たちの提示した項目だった。

箱の蓋が閉じられ、村長の中島が鍵を差し込み、回す。全員が息を止める。中島は紙片を一枚ずつ引いて、読み上げた。声は乾いていたが確かに会場に届く。

「賛成、賛成、賛成、反対、賛成、賛成……」

最後の一枚を読み終えた瞬間、空気がまた変わった。多数決は賛成だった。掌が寄せられて拍手が起きる。梓は力ない笑いを漏らした。勝ち取ったものは、完全な安全ではない。けれども、誰がいつどう銃を使うかを決めるのは、今からは共同体である。

だが喜びは刹那だった。綾がそっと潮騒銃の外装の一片を手に取り、動作確認のために内部をもう一度点検しようとした時、彼女の指先が何か冷たく堅いプレートに触れた。表面には小さな刻印がある。鋲の下に潜んでいたのだ。

「これ……何だ?」綾が息を呑んだ。梓は身を乗り出す。プレートは金属製で、ざらついた塗装の下に、見慣れた紋章めいたマークと、アルファベットと数字の刻印が彫られていた。鉄道皇国の字体に似ているが、ここまで来ている者たちに資源を与えたのは誰なのか。

「技術登録