氷雨弓の風紀委員と羅針盤議会

氷雨弓の風紀委員と羅針盤議会 第8話「第7章」

雨の音が屋根を叩く体育館に、ランタンの橙が一点ずつ浮かんでいた。タープを敷いた大きな長机の上に、油性の地図が広げられている。折りたたまれた区画ごとの紙片、ペン、薬を入れた透明な袋。手の甲に泥をついた人たちが、肩を寄せ合っていた。

雨の音が屋根を叩く体育館に、ランタンの橙が一点ずつ浮かんでいた。タープを敷いた大きな長机の上に、油性の地図が広げられている。折りたたまれた区画ごとの紙片、ペン、薬を入れた透明な袋。手の甲に泥をついた人たちが、肩を寄せ合っていた。

「そこを押さえて、飲料水の確保を先に——」

真琴が指を一本立てて示した地点に、四つの手が同時に触れた。触れた瞬間に手肌のぬくもりが伝わって、視点が一つずつの手に移るように、碧は彼らの決意を見た。綾の指先は震えていた。医薬品の在庫表を脇で握る凛の関節は固かった。海斗は拳を内側に握りしめ、指先の爪を地図の縁に食い込ませる。

「ここは迅速に動かないと、議会側の傘下が入る」海斗が低く呟いた。彼の声に、会場の気配が一瞬きゅっと締まる。

碧は氷雨弓を背に斜めに掛けていた。弦は黒曜のように見えたが、触れると冷たさが手のひらに伝播する。普段は布で覆い、誰の目にも触れないようにしている。今はただ、存在を確かめるためにそこにあるだけだ。弾くつもりはない——それが彼女の信条になっていた。能力には代償がある。単独で使えば感覚が一部奪われる。仲間の合意を無視すれば、同じ力は敵にも作用する。だからこそ彼女は、仲間の合意と共同性を何より優先してきた。

「テストのつもりでやるべきじゃない」碧は真琴に言った。だが真琴の顔には疲労と苛立ちが混じっているだけで、即答は返ってこなかった。

「俺たちに時間はない」海斗が前に出る。彼の目はいつもより鋭かった。倦怠でも怒りでもない、切迫だけが混ざる。彼は動くことを選んだ者だ。動かなければ物事は動かないと信じていた。

その時、入口の布がばたりと開き、若い斥候が駆け込んできた。息を整えながら、靴音はタイルに水を撒いた。

「東の臨時集積場に——議会の傘下の武装が介入してる。避難民を集めて、『再編』って言ってる。短時間で決着をつけるって。…人数多い。急いで助けないと、選択の余地を奪われる」

言葉の終わりで、体育館の空気が重くなった。選択の余地を奪う——それは羅針盤議会が常に以てきた手口だ。碧はその語感を押し返すように胸を締め付けられた。

「合意をとる時間が必要だ」綾が言った。彼女は包帯の切れ端を弄りながら、顔を上げなかった。「そうしなきゃ、こちらも強行策に出ざるを得ない。それでまた誰かが犠牲になる。訓練の意味が薄れる」

「訓練って…今は時間がない」海斗が言葉を潰す。「氷雨弓を使えば、一度でやれる。俺たちが同じ作戦を共有して――」

彼の指が、無意識のうちに碧の背に掛けられた弓の柄に伸びた。指先が布越しに触れる。碧はその指をはらいのけた。遠慮はなかった。

「海斗、駄目だ」碧の声は低く、しかし確固としていた。人々の判断を強制する力になる可能性は、最初から排していた。一度でも他者の意志を押し切ることがあれば、碧は自分が守ろうとしているものと同じ行為をしてしまう。

「合意をとる時間が足りないんだ。数百人が、議会の保護下に入るっていうんだぞ」海斗の拳が震えた。「一回だけでいい、碧。誰も死なせたくない。俺は同意する。真琴は?」

真琴の肩が動いた。彼は眉間にシワを寄せ、地図に視線を落とした。ここで合意が揃わなければ、どう転ぶか。凛がゆっくりと顔を上げた。

「私は——議論は必要だと思う。だけど、迅速な対応も求められている。両立できないのか」

それを聞いて、海斗は堪えきれずに立ち上がった。彼の足音が床を震わせる。碧は彼の瞳を見た。そこには懇願があった。自分を信じてほしいという訴え。碧は胸の奥が軋むのを感じた。氷雨弓を弾けば、確かに目の前の危機は回避されるかもしれない。だがその一撃は、選択の余地を奪うことにもなる。

「もし合意が一部でも欠けている状態で弾いたら、能力は敵にも影響すると規約に書いてある」碧は言った。「敵にも作用する、というのは——やられた側の抵抗をも封じる。君が思うように守ることだけじゃない。守ると同時に、相手の行動も――」

言葉がそこで止まる。碧は氷雨弓の柄に軽く手を触れ、その冷たさに背筋を震わせた。想像は簡単だ。連帯して共有された作戦は、対象に強制力を及ぼす。だがもし合意が欠けているのなら、敵も含めてその強制はかかる。結果として、救助された者たちの意思が奪われる可能性があった。

海斗が爪を噛んだ。血の匂いがわずかに空気に混じる。彼はわかっていたはずだ。それでも、彼の意思は揺れなかった。

「俺が行く」海斗が低く決めた。「合意が揃わないんなら、俺が単独で動く。氷雨弓は使わない。自分たちの力で——」

碧は安堵の息を吐きかけた。だがその直後、海斗は違う方向へ進んだ。彼は碧の背後の布袋に手を伸ばし、弓の布を剥がすと、躊躇いなく弦に指をかけた。みんなの顔が一斉に海斗へ向いた。時間がスローモーションのように引き伸ばされる。

「待て!」碧は声を張ったが、海斗の手はすでに弦を引いていた。弦が放たれる音は、雨の音の合間に短く裂けた。氷雨弓が振動し、空気が寒さを帯びる。微細な水滴が指先にまとわりつき、冷たさは眼前の世界を一瞬だけ引き締めた。

海斗の顔に安堵が広がった。彼は達成を信じていた。でも、同時に彼の体に重い不協和音が鳴り始めた。手の感覚が遠のき、地図の色が灰色に沈む。耳鳴りが立ち上がり、視界の端がかすむ。振動が体内から波打つ。碧は慌てて彼に駆け寄った。

「海斗!」碧は彼の肩に両手を置いた。海斗は息を荒げ、口を開けたまま目の焦点を失っている。

「…感覚が…」海斗が言った。声は震えていた。「片耳が…聞こえない。手が…」

碧はすぐに気づいた。単独で氷雨弓を引くと引き換えに感覚の一部が奪われるという、忌まわしい代償が発動したのだ。海斗の片耳は機能を失い、右手の痺れが波状に襲っていた。碧は胸を締め付ける痛みを覚えた。彼女が弓を所有することの重さを、初めて人の肉体が代償を払う様を目の当たりにした。

だが事態はそれだけでは終わらなかった。遠くから叫び声が上がった。東の集積場の方向で、混乱が生じたのだ。誰かが叫ぶ。「こっちの人間が動かなくなった!」

碧は振り向く。遠目に見えた影たちが、両手をわきに垂らして動かなくなっている。表情は虚ろで、言葉を失っているようだ。碧は冷たい闇の底に落ちるような感覚を覚えた。海斗の行為は、敵にも同じ力を及ぼしていた。彼女が禁じていた最悪のシナリオが、起きたのだ。

「これが——」綾が震えた声で言った。「彼らの選択を奪っている…」

議会の傘下に捕われた人々、あるいは自ら議会を選んだ者たちが、知らず知らずのうちに意思を奪われたように動きを止める。そこで働いたのは海斗の善意だ。だが力は善意の裏も表も区別しない。結果として、避難民の一部は「保護された」と同時に「操作された」と感じることになった。

遠方から軍服の男たちが走り寄り、無理に動かそうとしていた。紛争は刃物や棒にすり替わる。議会側の武装はその混乱を利用して、即座に統制と同意の再編を進めようとする。強い手段で選択を奪うのは彼らの常套手段だ。だが今はもう一つ、別の形で選択が閉じられた。

「海斗!」碧は叫んだ。彼女は弓から腕を離させ、即座に氷雨弓を背に戻した。弓の冷