白紙刀の訓練生と地底王 第3話「第2章」
倉庫の灯りは一つだけ、白熱灯の紐を引くとふるえた光が低く垂れ下がり、木箱と段ボールの影を押しつぶした。相沢レンは箱の端に腰を下ろし、手の中で白紙刀の柄を撫でるように握った。刀身は本当に白い紙でできているように薄く、触れるとざらつき、紙鳴りのような音がした。柄には墨で小さな四角が描かれ、そこに一行だけ——「合意された作戦を一度だけ実現する」と書かれている。
倉庫の灯りは一つだけ、白熱灯の紐を引くとふるえた光が低く垂れ下がり、木箱と段ボールの影を押しつぶした。相沢レンは箱の端に腰を下ろし、手の中で白紙刀の柄を撫でるように握った。刀身は本当に白い紙でできているように薄く、触れるとざらつき、紙鳴りのような音がした。柄には墨で小さな四角が描かれ、そこに一行だけ——「合意された作戦を一度だけ実現する」と書かれている。
外では物資の列が伸び、子どもの声と怒声が混じる。レンは息を詰めて、遠くのざわめきを聞いた。自分が前章でしたことの代償が、まだ体に残っている。右半分の視界だけが色を失い、世界が部分的にモノクロームになる奇妙な錯覚が繰り返してくる。本人にしかわからない、色の取り残し。指先でまぶたを押すと、蚊の羽音のような静電気が走った。
「レン、こっち助けて」
高坂ミナの声が倉庫の入り口で跳ねた。彼女は小さな帳簿を抱え、眉を寄せている。ミナは班の調整係で、数字に厳しい。傍らには医療袋を肩にかけた堂島葵、細身の木村透がいて、彼らの表情は疲弊していた。
「水が足りない。子どもらが喧嘩し始めたって聞いた」
ミナが帳簿をめくる動きの音が、棚にぶつかって静かに響く。棚の上に置かれた乾電池の箱が、灯の下で銀の断片みたいに輝いて見えた。レンの右目の視界はそこだけ色を抜かれ、乾電池のパッケージが灰色で、隣の箱の赤い文字だけが残像のように浮かぶ。
「俺は……」レンは言葉を詰まらせた。使わないつもりでいる。あのときの痛み、あのときの喪失感。単独で白紙刀を動かしたときに吸われたのは、視覚の一部だけではなかった。守るために振るえば振るうほど、自分の中の何かが剥がれていく。だが目の前の列は延々と続き、先にいる子どもが痩せた肩で泣き出した。
「でも、あの子が殴られたら……」
ミナが小声で続ける。彼女の瞳は真っ直ぐで、躊躇という言葉を知らないようだった。堂島はレンの肩を軽く叩く。
「レンなら大丈夫だって、みんな信じてる。けど、何もしないってのも選びだ」
木村が言うと、言葉の重さでレンの胸がきしんだ。木村はいつも冷静で、他人の決断を軽くはしないタイプだ。今日は珍しく言葉が短い。背後の扉に近い場所で、避難民の列がもたれ合っている。裂け目の入った毛布、泥だらけの靴、そして腹をすかせた小さな手。
「合意が必要だ」レンは低く言った。自分の声が薄く震えているのを感じた。「白紙刀は、誰かと共有した『作戦』を一度だけ実現する道具だ。署名か明確な口頭の同意——あれを踏まえずに使えば、代わりに何を失うかわからない。前と同じことは繰り返せない」
「でも今、誰かが殴られたら」ミナの声に涙がにじんでいた。「合意を取る時間がない」
言葉が行き交ううち、倉庫の外で小さな騒ぎが起き、金属がぶつかる音と人の叫び声が混ざった。誰かが押され、誰かが倒れている。レンの胸が張り裂けそうになる。合意のための儀式めいた手続きが、この場では贅沢に思える。だが彼は前の代償を思い出す。色を奪われた夜、何も戻せなかった夜。
「やるべきは、合意の様式を整えることだ」堂島が静かに言った。堂島は葬送のように穏やかな口調で、しかし堅い決意を含んでいる。「署名はもちろん、作戦の文言を明確にする。何を守るのか、誰を対象にするのか。曖昧は危険だ」
木村が鞄から薄い紙と鉛筆を取り出す。薄紙は手使いの分配表の余りで、木の机に広げた。彼らは集まって、声を潜めながら文言を考え始めた。筆跡は緊張で震え、言葉は時にぶつかり合った。
「『避難民の身体的危害を即時に防ぐ』――はっきりしすぎるか」ミナが提案する。
「いい。だが『避難民』の定義が必要だ。外部の武装勢力が紛れ込んでいるかもしれない」木村が答えた。彼の指が紙の端を押さえる。レンはその指先の動きに目を凝らす。白紙刀の刃の四角にはまだ空白がある。そこに言葉を書き付け、署名が並ぶとき、刀は働くという合図になる。
外の騒ぎが収まると、倉庫の扉がきしみ、ひとりの中年の男が顔を出した。市原ハル。避難区の代表のような人物で、義憤と現実主義が同居する男だ。彼は手に古ぼけた懐中時計を握りしめたまま、倉庫に入ってきた。匂いは汗と土、古いタバコの残香。彼の顔には深い皺が刻まれていたが、目だけは鋭く、こちらを見据えた。
「レンか。聞いたぞ、さっきのことを」ハルが言った。彼の声は乾いていたが、そこに信頼の色はある。
ミナがすぐに説明を始めた。合意の必要性、作戦の文言の意味、そしてレンのためらい。ハルはしばらく黙って考え、それから懐中時計を開け、秒針の音を聞きながら口を開いた。
「俺はここで暮らしている人間の一人だ。誰かが守られないのを見過ごすわけにはいかねえ。だが、お前の言うこともわかる。力を使えば代償が来る。使い手の代償だけじゃないかもしれない」
レンは視界の片側が色を失う感覚に慣れないまま、ハルの目を見た。ハルの視線は、レンがこれまでに守ってきたものを知っているようだった。
「署名と文言だな」ハルが言って紙に近づく。「だが、これをやるとき、俺たちは何を失う?」
堂島が答えた。「代償は使い方によって異なる。単独で使えば使用者の感覚が一部失われる。合意を得ずに使えば、力は敵味方の区別なく作用する……そのリスクは計り知れない」
その瞬間、倉庫の奥で小さな金属の爪が床を引きずる音がした。みなが一斉に振り向く。そこにいたのは一人の若い女性で、避難民の列から抜け出してきたらしい。彼女は腕に乾いた血の跡があり、目が見開かれていた。小さな手に握られたものを見て、レンは心臓が凍る。
それは、他の村から持ち出されたいくつかの乾電池だった。彼女は恥ずかしげに俯き、言い訳のように口を開いた。
「子どもが、もう光が必要で……」
だが背後の列の一団が彼女を責める。それは単純な分配の問題が暴力に変わった瞬間だった。誰かが言い争いを始め、身体がぶつかり、すぐに一発の平手が彼女の頬を打った。泣き声が倉庫に反響する。
レンの身体が勝手に動いた。心の中で何かが「待て」と叫んでいるのが聞こえる。彼は白紙刀を取り出す気配を必死に止めようとした。前の夜の記憶、白紙刀を一人で振るったときの冷たさと視界の異変、そして帰らなかった色。だが目の前で泣く子どもの顔、砕けるような悲鳴。手が震え、レンは白紙刀に触れていた。
「レン、やめて!」ミナの声が叫んだ。
レンは手のひらに紙の刃を置いた。紙の繊維が指の腹に刺さるような感覚があり、そこから冷たい染みが広がっていくように感じた。作戦の文言はまだ正式に書かれていない。署名もない。合意もない。
だが反射は止まらなかった。レンは短く、しかしはっきりとした意図を心の中で唱えた——「この場にいる者たちの身体的危害を即時に防ぐ」。言葉は呪文のように自分の喉を通った。その瞬間、白紙刀の剣身にある空白の四角が、いても立ってもいられない熱を帯びた気がした。
世界が一瞬、歪んだ。レンの右側の視界から色がすべて抜け、そこだけが鉛色のフィルムをかぶせたようになった。痛みが頭を横切り、そして鋭い冷たさが眼窩に刺さった。レンは声を上げて膝をついた。舌の先に金属の味が広がる。明滅する白と黒の中で、人々