白紙刀の訓練生と地底王

白紙刀の訓練生と地底王 第26話「第24章」

冷たい空気が、錆びた換気ダクトの奥から断続的に吐かれてきた。機械室の中心にある円盤状の装置は、低いうなり声を上げながら微かな発光を繰り返している。床に降った粉塵がライトの点滅ごとに舞い上がり、金属の匂いと湿った土の匂いが鼻を突く。

冷たい空気が、錆びた換気ダクトの奥から断続的に吐かれてきた。機械室の中心にある円盤状の装置は、低いうなり声を上げながら微かな発光を繰り返している。床に降った粉塵がライトの点滅ごとに舞い上がり、金属の匂いと湿った土の匂いが鼻を突く。

玲(れい)は、白紙刀を両手で握りしめていた。刀身は布のようにしなやかで、だがその端には確かな鋭さがある。今は薄い光が内側から落ち着いて滲んでいる――先に見たときの禍々しい閃光ではない。だが彼女の指先は、冷たく痺れていた。右手の感覚が、時折霞む。

「音が……遅れる」と玲がつぶやく。声が聞き取りにくく、彼女は一瞬で会話の流れを見失いかけた。昨夜、単独で白紙刀を使ったときの代償がまだ残っている。使い切りの代償は、身体の感覚の一部を文字通り差し出すことだった。失ったのは完璧なものではないが、耳の高音域と右手の指先の触覚の一部。今も時折、世界の輪郭が薄くなる。

「無理すんな、玲」とソウが近づいてきて、彼女の腕を軽く支えた。ソウの顔には洗いざらしの布が巻かれていて、額から汗が垂れている。彼は機械の配線を見て、浅い息をついた。「装置は残り時間を狂わせてる。いつ装置が暴走してもおかしくない」

装置の中心から、地底王の声がスピーカーを通して届く。歪んだ合唱のように、同じ単語が幾度も繰り返される。「選別、修復、秩序――」声は住民の名前を呼んで、名簿を読み上げる。そのたびに会場の空気が凍る。読み上げられた者は、刈り取られるかのように装置へ吸い込まれる光に照らされ、目を伏せる。

「止めるには、合意が必要なんだ」ハルカが言った。彼女は避難区の代表だ。小柄だが、声が通る。ハルカは白紙刀を一瞥してから、群衆に目を移した。「白紙刀は作戦を具現化するために、共有された『意思』を基準にする。その意思が全体の合意であれば、装置の指標を書き換えられる。でも――」

その「でも」の先は、全員が知っている。合意を無視して刀を走らせれば、効果は制限されず敵にも及ぶ。敵が逆に利用すれば、装置はより強固に、人々を管理するために暴走するかもしれない。力は単独の英雄を飛躍的に強くするが、同時に周囲を巻き込む。だからこそ、白紙刀は危険な道具だった。

「俺がやる」ユウタが前に出た。元防衛隊の男で、顔には古い火傷の痕がある。彼は早朝の襲撃で仲間を助け、ここまで来た。だが玲は首を振った。ユウタの手が震えているのが見えた。焦りが、彼の瞳に滲んでいる。

「一人でやるんじゃない。あのときの代償を、また背負わせるわけにはいかない」玲の声は、懸命に強さを保っていた。だが言葉の端に、どこか脆さが混ざる。彼女は指先で白紙刀の柄を押し、光の強さを確かめた。ほんの一度、彼女が単独で刀の意志を走らせた過去を思い出す――刃が走った先で、夜の音が永遠に遠ざかったように。

群衆の間から、低いうめき声が上がる。避難民の一人、老女の蒔(まき)が前に出た。土埃にまみれた着物をまとい、顎骨に残った皺が深い。彼女は白紙刀を見つめながら口を開く。「私たちは……何を選ぶんだ?」

「選ぶ、ってどうするんだ?」小さな男の子が手を挙げる。子どもの目は澄んでいて、装置の光に映えていた。選ぶという行為そのものを、彼らは知らない。選択を奪われ、ただ命令に従う日々に慣れていたからだ。

ハルカが深く息を吸い、刃の方へと手を伸ばす。「白紙刀は、合意を『確認』するための媒介だ。誰かが刀の先に意思を重ねて、周囲の声がそれに同調すれば、それが計画として現実を上書きする。だが、重要なのは『同調』だ。強制は駄目だ」

「じゃあどうやるの?」蒔がたずねる。彼女の声には、かすかな決意が混ざっていた。

その瞬間、装置のうなりが鋭くなり、床が小刻みに振動した。赤いランプが点滅し、スピーカーから地底王の歪んだ笑い声が流れた。「合意など、幻想だ。選ぶべきは秩序のみ。貴様らの意思は我が意に屈する。」

笑い声の端で、ソウが歯をむき出しにする。彼は配線を切る準備をしていたが、装置はその意図を読み取りかねない。ここで無理に暴力的に動けば、刀の効果が敵側にも作用するリスクがある。それは装置をさらに強化しかねない。

玲はそっと刀を柄の根元に預けるようにして、掌を返した。刀の白い光は、指の付け根に触れた瞬間に暖かくなる。これまでの白光はいつも彼女の心を刺した。だが今は、じんわりと疼くような、違う種類の感じ方だ。

「私たちは一つずつ確かめよう。強制じゃなく、対話で」玲は群衆に向き直る。「あなたの名前を呼ぶ。聞かれたら、手を挙げて、賛成なら私に触れて。触れたその瞬間、あなたの意思が刀に乗る。刀はその『共有された意思』で装置の指標を書き換える。そしてそれは、あなたたちが選んだものだけが実現される。分かる?」

群衆の間に静寂が落ち、続いて細かなざわめきが起きた。問いが問いを生み、意見がぶつかる。誰もが恐れている。「触れる」ことが何を意味するのか、誰が最後まで触るのか。だがその頭上の機械は、それと同時に時間を食いつぶしてゆく。

最初に手を挙げたのは、ツバメと呼ばれる若い母親だった。抱えた子の肩越しに、細い手が震えていた。「私、賛成します」彼女は声を震わせながらも、群衆の中に進み出る。手を差し伸べ、しばらくためらったのち、そっと白紙刀の柄に触れた。

刀の光が一瞬、収縮したように見えた。だがその直後、刀身から暖色の光がゆっくりと広がり、空気の色を変え始めた。ざわつきに混ざって、周囲の照明の色も釉薬を塗り替えるように温かくなっていく。紙の風合いの刃に触れた者の意志が、そっと刀の中に吸い込まれ、それが連鎖していく。

次々と手が伸びる。老若男女、顔の晴れない者も、表情を誇張した者も。誰もがためらいと希望を同居させながら、刃に触れる。手が触れるたび、刀の光は柔らかくなる。子どもの笑い声が一度だけ飛んだ。だが、すべての手が触れたわけではない。数人は固く腕を抱え、朦朧とした顔をして刃から距離を取っている。

そのとき、遠くの暗がりから鋭い声が落ちた。「ふん、そんなものが通用するとでも思ったか」地底王の配下だった男が現れ、濡れた革製の手袋をはめて白紙刀に手を伸ばした。彼は無理に刀に触れ、強引に意思を押し込もうとした。

ハルカが咄嗟に飛び出し、男の腕を掴む。だが男の動作は速い。白紙刀を無理やり握られた刹那、場の空気が振動する。刀は合意の序列を外れ、強制に反応した。刃から放たれた光は、触れたその相手の闘争的な意思を増幅し、それが装置にフィードバックされる。装置のうなりが一度鋭く高まり、近くの換気口が爆ぜた。

「強制が装置を助ける!」誰かが叫ぶ。床の振動が強まり、上層の構造がきしむ。強制によって刀が敵の意思まで取り込んでしまえば、装置はその敵の目的を拡大解釈し、住民全体へ強制を波及させる。つまり、刀を押し付けることは、装置を逆に強くしてしまう。

玲は反射的に、刃の先端をぐっと引いた。引いた瞬間、体が揺れ、右耳に高い金属音が走った。痺れが波のように押し寄せ、目の焦点が一度合わなくなる。ソウが彼女の腕を抱え、支えた。「危ない! もう無理すんな!」

だがその混乱の中、群衆の誰かが叫んだ。「みんな、止めろ! み