轟音杖の灯台守と記憶商会

轟音杖の灯台守と記憶商会 第21話「第19章」

窓の外、記憶回収施設の壁面が夜風に光っていた。鉄とコンクリートの巨大な蜂の巣──無数の窓に埋め込まれたランプが、規則正しく明滅する。低く唸るファンの音、遠くで金属が擦れる音、そしてときおり、外周を巡回する車両のライトがこちらを撫でるように通り過ぎる。会議室の窓ガラスがその光を反射し、テーブルの上に動く網目模様を落としていた。

窓の外、記憶回収施設の壁面が夜風に光っていた。鉄とコンクリートの巨大な蜂の巣──無数の窓に埋め込まれたランプが、規則正しく明滅する。低く唸るファンの音、遠くで金属が擦れる音、そしてときおり、外周を巡回する車両のライトがこちらを撫でるように通り過ぎる。会議室の窓ガラスがその光を反射し、テーブルの上に動く網目模様を落としていた。

「締切まで三十八分だ。ここを出るなら今決めないと、運び出しが始まる」悠仁が時計を見る声は冷たく、針の刻みが胸に当たるようだった。彼の指は地図の一点を掴んで離さない。テーブルの上には、避難民の顔写真、通信用の無線機、そしてあの轟音杖が載っている。杖は布でくるまれ、先端からはかすかな振動が伝わっていた。振動は鼓動と同期しているようで、聞く者の不安を増幅させる。

「全員の合意が必要だって、約束したじゃないか」燈が杖の布を軽く撫でる。彼女の指先には、海辺の潮の匂いと、昔灯台で感じた風の冷たさが残っている。だがその瞳には迷いが混じっていた。静かな灯りに照らされた彼女の掌は、ほのかな青白さを帯びていた。

「約束は約束だ。だが救える命が目の前にある。避難民はもう何度も裏切られてきた。今日、動かなければ奴らが運ばれてしまう」結が拳を固める。彼女は医療用の包帯を巻いたままの手で資料を叩いた。震えは抑えているが、声は熱を帯びている。

「合意って、単にペンを回すことじゃない。杖の"共有"ってそういう意味だ」白石蓮は冷静だった。情報屋として記憶商会の内部事情を知っているだけに、杖の能力を利用することの危険性をよく理解している。「僕らが共有する作戦だけを一度だけ現実にできる。それを仲間の意志なしに走らせると、仕組みが『共有』を確保するために周囲の意識に触れる。つまり……」

彼は言葉を切った。言外の恐ろしさが部屋に満ちる。燈は杖に触れながら、ゆっくりと目を閉じた。彼女は知っていた。単独で杖を振るえば反動が来る。前に一度、それを味わったときのことが体の奥で疼いた。反動は感覚の一部を奪う。見えなくもなく、聞こえなくもなく、でも確実に何かが欠ける。灯台で夜を守った彼女は、その代償を「失われた一歩」と呼んでいた。

「それでも俺は動く」悠仁が立ち上がった。短く、荒い呼吸がテーブルを震わせる。「事前合意が揃うまで待つ時間はない。奴らが動いた瞬間に扉は閉まるぞ。今ここで扉を空ける。一気に行く」

「勝手に杖を使うのか?」ミレイの声が震える。彼女は機器のバッグを抱え、スクリーンの青い光を見つめている。モニターには外周のカメラ映像が小さく映っている。そこでは数人の警備員が隊列を整えているのが見えた。

「いいや。燈、君が――」悠仁が言いかけて、燈が指先を杖の先に沿わせるのを見て、一瞬動作が止まる。

「私に?」燈の声は小さかった。だが部屋の空気がぎゅっと固まる。誰もが彼女に注目していた。彼女は杖の重さを確かめるように手のひらに乗せた。冷たい金属。ほのかな振動。手のひらに伝わる図形のような律動は、馴染み深いが裏切りも知っている。

「みんなの同意が取れていない。避難民の同意も、ここの隣人の同意も。僕らの共有じゃないと、効果が気まぐれになる」と白石が静かに言った。「敵側の意思にまで働きかけるとき、何が起きるか分からない。記憶商会はそれを利用する。奪われた記憶が勝手に統制されるように――僕らの"共有"を餌にして、逆手に取る」

結が目を閉じる。会議室のランプが時折反射で点滅する。避難民の一人、老人の写真に付けられた付箋が、風に揺れる旗のようにテーブルの端で揺れていた。

「じゃあ、どうするの?」ミレイが切れた。指先で無造作に杖の布を弾く。布が静かに落ち、黒い金属の杖柄が露出する。杖底に刻まれた螺旋模様が微かに光る。誰も触れようとしない。

そのとき、外から低いサイレンの音が届いた。施設の大門付近で何かが動いたらしい。窓に映る外壁のランプが一斉に明るくなり、巡回車両が速度を上げるのが見えた。時間は本当に押している。誰かが選ばなければならない。

「オレは行く」白石が言った。彼は杖に手を伸ばす。動きは静かだが確実で、皆の視線を掴む。だが燈が一歩前に出て、彼の手首をつかむ。「蓮、駄目だ」

「燈……!」白石の表情が崩れる。彼はこの計画の合理性を信じる男だ。だが今、何を守るかを問われている。

「単独で使えば、また感覚が消える。君はもう――」悠仁が言いかけたが、蓮は苦笑して首を振った。「それで構わない。俺はその損失を受け入れる。避難民の時間を買うためなら、俺は一部分を差し出す」

言葉の端にある決意は固い。だが燈の目に揺れるのは違う感情だった。彼女は手にした杖の冷たさを確かめ、そして自分の胸の辺りで小さな痛みを感じた。灯台の夜。彼女が見守った人々の顔。約束。合意。守るべきは人の選択を奪わないことだ。

「待て。方法があるかもしれない」燈が言い、ゆっくりと立ち上がる。「蓮、ミレイ、結。君たちが『はい』って言えば、私は杖を使う。だが、避難民が"自分で選ぶ"時間を作る。合意の形は厳密に、彼ら一人一人の意思表示がないときは杖の作用は及ばない。俺たちの『共有』の輪に自然に入る者だけを含めるんだ」

悠仁の眉が下がる。「そんな時間はない。運営は三十分後に移送車両のチェックを終える」

「分かってる」燈は外の施設を見た。「だから今ここで、やる。だが約束する。もし誰かが強制的に杖を扱おうとしたら、私は杖を使って計画を成し遂げない。自分が孤立して使う代償を払っても、同意を無視するような方法はとらない」

空気が張りつめる。白石は唇を噛み、ミレイはバッグのジッパーを閉める。結は深く息を吐いた。「燈が決めるなら、従う。だけど風向きが変わる可能性もある。もし外部が介入してきたら」

「そこは僕が担当する」白石が静かに言った。「内部の監視ラインに小さな穴を開ける。だが杖の"共有"の輪に入るか否かは、現場にいる人間が自分で決める。俺が彼らの意思を集める。強制ではない」

ミレイがうなずく。「通信の傍受を切る。外部に判明する情報は最小限にする。合意の声は直接、俺らが受け取る」

「じゃあ、行動はこうだ」悠仁が短く計画をまとめる。「燈は杖を持って、入口前で待つ。蓮が避難民のブロックに入り、意思表示を取る。ミレイは監視の撹乱を行い、結は救出ルートの確保。全員の意思が揃ったら、燈が杖を起動して作戦を一度だけ現実にする。合意のない者には作用させない。これが守れたら、俺は先導する」

賛成の声が室内に小さく重なる。合意の形が整いつつあるとき、窓の外の雄大な壁が、光の海をいっとき遮るようにして重たく沈んだ。遠くの放送塔が高い音を立て、一斉に赤いライトが点滅する。監視が上昇したのだ。時間は切迫している。

その瞬間、ドアが乱暴に開いた。避難民の一人、若い母親が駆け込んできて、息を切らしながら言った。「連絡が来た。運送が早まったって。三十分後に移送車両が出る。外で待機している」

部屋の温度が一段と下がる。窓の外、巨大施設の輪郭が黒く強調され、回るライトはまるで獲物を捕える罠の牙のようだった。揺れる蛍光の下、燈は杖を胸に抱えたまま、仲間の顔を順に見た。