銀河鉄拳の侍従と石英軍 第25話「第23章」
広場の空気が一瞬で締まった。灯りの輪の外側、鉄板で組まれた仮設ステージと投票箱の列を照らす青白い光が、綿密に並んだ人影の輪郭を切り取っている。澪は腕に巻いた小さな箱——銀色の格子板と石英の結晶が組み合わさった「銀河鉄拳」を指で確かめる。触れると低温の振動が指先を伝い、彼女の掌からわずかに機械油の匂いが立ち上った。
広場の空気が一瞬で締まった。灯りの輪の外側、鉄板で組まれた仮設ステージと投票箱の列を照らす青白い光が、綿密に並んだ人影の輪郭を切り取っている。澪は腕に巻いた小さな箱——銀色の格子板と石英の結晶が組み合わさった「銀河鉄拳」を指で確かめる。触れると低温の振動が指先を伝い、彼女の掌からわずかに機械油の匂いが立ち上った。
「時間はあと十五分だ」コウジが背の高い影の向こうから詰め寄る。彼の作業着のポケットには工具と、仮の通信端末。頬には昨晩からの疲労が線となっている。
「外の巡回が増えてる」ハナは毛布を肩にかけたまま、周囲の高齢者たちの列を見渡す。「投票の順番を守らせるのがやっと。警備が入ってきたら、混乱で転倒者が出るわ」
澪は拳を少し強く握った。銀河鉄拳の結晶が微かに、青い光を吐く。あの触感はいつも、決断を指先へ集中させる。彼女が持つ能力は、これを媒介にして味方の計画だけを一度だけ現実にする力だ。だが条件がある。合意が不可欠であり、合意を得ないまま発動すれば、作用は味方だけでなく敵にも向かう。単独で使えば、反動で感覚の一部を失う——澪はその代償を皮膚の下で知っていた。
「全員の同意を取り付ける。これが成功すれば、投票箱の内容をリアルタイムで記録して配信できる。外部干渉を無効化する」コウジが図面を差し出した。図の中心に、小さな円で囲まれた「銀河鉄拳」のマークが描かれている。
「私がそれを同期して、みんなで“見る”」ハナが続ける。「同意があれば、私たちの記憶に投票の物理的痕跡を留める。改竄を後で証明できるようにするのよ」
皆の眼差しが澪へ注がれる。あと一つ、三人のうちの一人──リョウが立ち塞がるように足を引いた。
「やらない」リョウの声は低い。普段よりも粗い。彼は真夜中の工事に疲れた腕を組み、顔には灯りの反射が走る。「こんなこと、俺には同意できない。合意だの共有だの、言葉は綺麗だ。でも、同意がない者にまで影響が行くってのは、結局同じことだ。誰かの意思を捻じ曲げるかもしれない」
「それは誤解よ」ハナが前に出る。「リョウ、誤った伝えかたをしてる。合意を取ることで範囲を限定する力なの。強制はしない。私たちが同意すれば、それは私たちのためだけに働く」
リョウは笑った。笑いに湿り気がある。「言葉の帽子で本質を隠すな。結局、力は力だ。俺はもう、誰かの選択を上書きする装置には手を貸せない」
沈黙が広がる。投票を待つ人々の息遣いが、薄い毛布の波紋のように伝わる。澪の中で熱が上がった。理屈はわかる。リョウにはリョウなりの傷がある——強制で動かされたあの夜の記憶。それでも、今ここで我々が合意を得られなければ、外部からの干渉に投票そのものが奪われるかもしれない。老人たち、子どもたち、何より自分の肩に寄せる小さな手——守らなければならない。
「リョウ、お願いだ」澪が声を震わせる。「同意してくれ。これで票を守れば、選ぶこと自体が脅しに屈していないって証拠になる。あなたが今、拒否することは理解する。だけどここで何もしなかったら、選択肢は奪われる」
リョウの目がぎゅっと閉じられた。夜風が舗道の埃を巻き上げる。誰かがすすり泣きを漏らした。
そのとき、空気が裂けた。上空から低く、機械的な嗤い声のような音が落ちてきた。石英軍の小型無人機が群れをなして接近し、赤い点滅を投票箱に向ける。爆光灯が点く。人々のざわめきが瞬時にわめきに変わり、何人かが叫びを上げて後ずさった。
「妨害だ」コウジが叫ぶ。無人機は投票所の周囲をぐるりと回り、箱の上に装置を押し付けるようにして停止する。小さな青い模様が箱の表面で点滅し始めた。
澪の胸が動悸のように叩く。あの模様は、投票箱のデータを遠隔で書き換えられる改竄器だ。投票が始まる前に、結果を外部で決定しようという贓物。庇護は時間がない。
「全員の同意を待っている余裕はない」ハナが手早く毛布を片付ける。彼女の指先が震えていた。「即座に防ぐ必要がある。澪、できる?」
澪は銀河鉄拳を斜めに構えた。結晶が青白く波打つ。発動の手順は頭の中に刻まれている——共鳴線を結び、計画の輪郭を味方に播種する。ただし、今の合意は三分の二だ。リョウの欠席。条件を満たしていない。
「リョウの同意がない」澪は言った。声の震えを止めようとする。「このまま使えば、効果は味方だけに留まらない。敵にも届くかもしれない。それでも、放っておける?」
リョウの表情は固い。周囲で小さなパニックが始まる。幼児が泣き、年寄りが杖を投げるように投票所から離れようとする。
澪はゆっくりと息を吐いた。指に感じる銀河鉄拳の低い脈動が、まるで心臓の代わりのようだ。あの脈動を一点に集めれば、機械の妨害は止められる。だが代価は明確だった——彼女が単独で引き金を引けば、その反動で感覚の一部を失う。音が遠のき、色が薄むかもしれない。永久か一時かは定かでない。だが現場の人々の命がかかっている。
「……行く」澪は短く言った。
ハナが「澪!」と叫んだが、澪は既に動いていた。彼女はグローブ状の銀河鉄拳を指で押し、結晶の節目を掌の温度で導いた。青白い光が四方へと垂れ流れるように走り、空気が軋む。周囲の音が引き裂かれ、澪の胸の中に高い金属音が打ち鳴らされる。
同時に、視界の端でコウジとハナの瞳に短い閃光が走った。澪の計画が寸断されず、二人の記憶の器に“投票箱の現況”が書き取られていく。その瞬間、無人機の光が跳ね返されるように消え、箱に張り付いていた改竄器がばらばらと落ちた。投票所の周囲に薄い透明な層が立ち上がり、物理的な干渉を拒むように波打った。人影が守られ、叫びが静まる。
だが同時に、澪の内側で何かが飛んだ。耳の鼓膜が破れるような感覚とともに、世界が遠景へと沈められる。車のエンジン音、人のざわめき、ハナの怒鳴り声——すべてが遮断され、代わりに低いうなりが胸の奥で共鳴した。澪は両手で耳を押さえた。鼓膜が破れたかのように痛む。空気の振動をほとんど感知できなくなっている。
「澪!」ハナの口が動いている。口元に涙が光るのが見える。言葉は形だけで、音はない。コウジが床に膝をついて、顔を向けている。周囲からは、ざわざわとした動作音と小さな足取りが聞こえない。世界が厚い布で覆われたようだった。
ひとつだけ澄んで見えたのは、箱の表面に浮かんだ微細な結晶の残滓。そこにある模様が、彼女の視界の奥深くでちらついている。コウジはそれをスキャンし、端末に色んな数字を打ち込んだ——すべて視覚で読むしかない。澪は唇を噛みしめた。代償は払った。人々は守られた。
だが、画面に点滅するものが、彼女の胸を針のように刺した。コウジが指差すモニタには、投票箱の改竄器の表面に残された結晶の残像と、別の痕跡の重なりが拡大されている。模様は鏡像のように反転され、同じ結晶構造を示していた。だがその先に、見慣れない符号。外縁に沿って、人工的な加工痕が並んでいる。
「これ…」コウジの指が震える。彼は小さな声で付け加えた。「敵の工具で加工された痕跡だ。だが、ここに……“反転の刻印”がある」
ハナはモニタをのぞき込み、唇を噛んだ。リョウはゆっくりと顔を上げ、その瞳が冷たく光る。「石英軍