骨笛剣の配達員と硝子騎兵団

骨笛剣の配達員と硝子騎兵団 第27話「第二部幕間」

ガラスの雨がやんだ直後の朝だった。拠点の温室は、瓦礫の合間にぽつんと残された透明な屋根で曇っていた。水滴が葉の縁から落ち、土の匂いと金属の油の匂いが混じる。カナメはベンチに座り、まだ完全には戻らない右手を、左手でじっと撫でていた。指先の感覚は薄く、布の繊維がふわりとした遠いものに変わっている。掌に残るのは、骨笛剣を吹いたときの振動の残滓だけだ。

ガラスの雨がやんだ直後の朝だった。拠点の温室は、瓦礫の合間にぽつんと残された透明な屋根で曇っていた。水滴が葉の縁から落ち、土の匂いと金属の油の匂いが混じる。カナメはベンチに座り、まだ完全には戻らない右手を、左手でじっと撫でていた。指先の感覚は薄く、布の繊維がふわりとした遠いものに変わっている。掌に残るのは、骨笛剣を吹いたときの振動の残滓だけだ。

「触ったらどうするんだよ」と、ハジメが無造作に言った。古道具屋で鍛えた手つきで、彼は骨笛剣をテーブルの上に分解している。かつては戸棚の錠を修理していた男で、今は金属と骨の接点を覗き込んで部品の名前をひとつずつ述べる。木製の柄と、薄く磨かれた骨の管。骨管の内側に刻まれた微かな模様。ハジメの目はじっと、どこか楽しげだ。

「俺は触っていいかって聞いたんだ。ただ分解してるだけだ」とユウが即座に釘を刺す。短銃の匂いが服に染み付いている若い狙撃手だ。カナメの年齢より少し下で、先からの行動で自信がついたように見える。だが、瞳の中には焦りがある。昨夜、イサオ爺さんが捕まった映像が未だ彼らの頭を縛っているのだ。

「触るのは勝手だが、吹くのはダメだぞ」とセラが言った。拠点の臨時の代表格で、冷静に状況を判断する女だ。セラが声を発すると、室内の空気が整う。若い者たちの間にどうしても入るべき距離感を彼女は図る。

ハジメは骨管をひっくり返し、薄い皮膜のようなものを見つける。指先で優しくこすると、埃とともに細かい粉が落ちた。粉は、光を受けてわずかに虹色に煌めく。ハジメの眉が上がった。

「これ、ただの骨じゃない。……硝子に近い何かが混じってる。触るときに粉が出るな」

カナメはそっと立ち上がり、ハジメの横に寄った。骨笛剣は冷たい。骨の凹凸に沿って指を滑らせると、どこか人の歯の欠けた跡のような不規則さがある。音を鳴らしたときの、その瞬間の領域切断の感覚を思い出した。音は空気を裂き、仲間の動きを結晶のように固定した。だが代償――右手の触覚の喪失。風が指に触れても、それが「触れた」と知らされない。

「どうして粉が出る……骨と硝子の混合体か」ハジメは手袋を取り出し、埃を集める。彼は物を記録する癖がある。紙片に粉の一部を包み、表面に細かい走り書きを残した。カナメは、その走り書きを見て、胸が締め付けられた。そこに付けられた文字は、彼らの住む避難区画の地図の一部を示しているように見えた。指が震える。

「これ、どこから手に入れたんだ?」ユウが低く尋ねる。声が震え、目は机の上の粉へと落ちる。誰もが、あの笛がただの道具ではないことを知っている。だが、いま見えているのは、もっと根深い繋がりを示す匂いだ。

「見つけた場所に、古い監視塔があった」ハジメは言った。「塔の周り、硝子の残骸が異常に多かった。硝子騎兵団の匂いがする」

「それは……奴らの施設につながるってことか」セラが噛み締めるように言った。言葉にすることで、他人事ではなくなる。窓の外、砕けた街路の向こうに、硝子の塔のシルエットがまだ残像のように浮かぶ。

そのとき、ユウが立ち上がった。短い息を吐き、拳を握りしめる。彼の背中の張りは、行動への欲望に駆られていることを示していた。「俺が吹く。今すぐにでも、あの塔に仕掛けてある転送路を塞げるかもしれない。爺さんを取り戻すチャンスになる」

「ダメだ」カナメの声は冷たくなる。右手が震えるのを感じながら、彼はユウの目を見る。ユウの目は、焦りと正義の交差点で濁っていた。「あの笛は、合意した『作戦』を一度だけ現実にする。だが、合意がなければ――」

カナメは言い切れなかった。何が起きるか、正確には分からない。だが前回、彼が一人で笛の端を舌先に当てて鳴らした瞬間、仲間の一人の表情が一瞬歪み、その後三日間悪夢を見続けたことを思い出す。合意を無視した場合、影響は味方にも敵にも及ぶと感じた。自分の感覚が奪われるだけでは済まない可能性がある。

ユウは唇を噛んだ。「合意を取ればいい。今ここで決めよう」

「合意は、その場の感情ではいけない」セラが割って入る。彼女は床に置かれた紙片を拾い、文字通りの意味で会議を開くことを提案した。「代償が何であるか、可能な限り想定してから。カナメ、君の感覚は今どうだ?」

「触覚が鈍い。冷たさと暖かさの差は分かるけど、細かなものが分からない。ノドの奥に金属の味が残る時がある」カナメは正直に答える。言葉の端で、彼は右耳の遠い方で何かが消えかけているのも感じていたが、今は触覚の方が顕著だった。

議論は長く続いた。ミヨが、小さな皿に温かい粥を注ぎ、皆で黙って食べる時間を作った。味が濃く感じられる者と、まるで水を飲んでいるようにしか感じられない者がいる。味の違いを巡る静かな会話から、代償の厚みをみんなが体感する。ハジメは紙に、合意のプロセス、代償の種類、使用条件を書き並べ、あらゆる想定を積み上げた。だがそこには一つ、どうしても書けない線があった。

「一つテストしていいか?」ユウが、少し声を潰しながら言った。彼の両手は空を掻くように、抑えどころを探している。テストは禁じ手かもしれない。それでも真実は、試してみなければわからない。

セラはカナメの方を見る。カナメは骨笛剣を手に取り、柄を握った。骨は冷たい。掌の痺れが、握力を守るために彼の内側から抗う。ユウは一歩前に出る。「全員の合意を取るって言った。町から選ばれた五人に、今ここで決めさせてほしい。簡素な合意で十分だ。俺らはやらないと後悔する」

その言葉の重みが、部屋の中に落ちる。カナメは目を伏せ、小さな砂時計を拾って反転させた。時間を区切る儀式だ。合意は、短時間で済ませるべきものではないが、決断の場を可視化するために彼はそれを選んだ。砂が落ちる間に、各自は簡潔に自分の意思を述べることになった。

砂が落ちる音が、ゆっくりと静かに響いた。ハジメは「試すなら安全な範囲で。俺は反動の解析をすぐに始める」と言った。セラは「万一のときは撤退路を確保する」と続ける。ミヨは震える声で「イサオのことを考えると、待てない」と言った。ユウは目を潤ませ、強く頷く。カナメは、右手を見て、短く息をついた。

「同意する。だが一つ条件を付ける。成功したら、その場で使用記録を封印して、今後の利用にはもっと厳格な手続きを定める」カナメの声は柔らかいが、そこに揺るぎはない。全員がうなずいた。合意を示すために、各自が手を重ねる。掌が触れる感覚は、カナメにとって弱い光のようだった。

ユウは笛を受け取り、唇に当てる。骨の冷たさが唇の薄い皮膚に伝わり、一瞬、背筋が走った。だがそのとき、ハジメが掘り当てた粉をこぼしてしまった。小さな粒が空中に舞い、窓から射し込んだ光に虹色の軌跡を描く。ユウの目がそれを追った瞬間、彼の顔色が変わった。

「何だ、目が――」ユウが叫んだ。言葉は途切れ、彼の視界はガラスの破片を通して見たように分断された。部屋中の者達がいっせいに体を震わせる。カナメは自分の右側で、音が遠くなり、葉擦れの音が薄れていくのを感じた。セラの表情は硬直し、ハジメは床に崩れ落ちた。

「同意しただろう。なのに、どうして――」ミヨの声は裏返る。だが、その言葉は自分たち