骨笛剣の配達員と硝子騎兵団 第12話「第11章」
広場は硝子の雨で光っていた。砕けた装甲の欠片が夕陽を受けて千の灯火に分かれ、避難テントの布地に細かい白い影を落とす。由良ヒカリは背中で骨笛剣を冷たく感じていた。骨というよりは、乾いた舌のように薄く彫られた刃身の溝が、触れるたびに微かな振動を伝える。鞘から取り出すと端にある笛穴が夕風を吸い、白い息が立った。
広場は硝子の雨で光っていた。砕けた装甲の欠片が夕陽を受けて千の灯火に分かれ、避難テントの布地に細かい白い影を落とす。由良ヒカリは背中で骨笛剣を冷たく感じていた。骨というよりは、乾いた舌のように薄く彫られた刃身の溝が、触れるたびに微かな振動を伝える。鞘から取り出すと端にある笛穴が夕風を吸い、白い息が立った。
「時間はない」花岡ハナの声が、ヒカリの耳を引っぱった。ハナは黒いコートの裾を踏みしめ、避難者の列を睨みながら言う。遠藤トオルはマスク越しに歯を見せ、佐伯ミナは手袋をはめ直していた。灰谷セイは背をまるめ、かつての同胞の方を向いている。硝子騎兵団の隊列は向こう側の通りを封じ、鏡城アキトの胸当てが陽を反射して白い四角を描いていた。
「計画をもう一度だけ確認する。骨笛剣は……俺たちの合意した作戦を、一度、身体で同時に実行させる。順序を狂わせれば、効果は生まれない」トオルが低く言った。ヒカリは唇を噛む。合意。それはこれまで何度も店出しで口にした言葉だが、今は重さが違った。
「そして、ヒカリ、単独で吹いたら……」ミナが目を伏せる。言葉を濁した。誰もがその代償を知っている。ヒカリも、失ったものの痕跡を覚えている。音が薄くなり、世界が紙の裏側のように静まった夜が。あの時の代償は、よほどのことがない限り口に出すものではない。だが、今ここにいる人々を守るには、ただ祈るだけでは足りない。
灰谷セイが前に出た。かつて鏡城の側近だった男の顔はやつれ、硝子の装飾を落とした制服の残り香がまだ残っている。「外の塔にある『檻』が起動してる。アキトもそれを使って制圧するつもりだ。だが、塔の制御周波は骨笛に反応する。お前の笛の音が合えば……」彼の口は震え、言葉が途切れた。「壊せる。確証はないが、可能性はある」
その瞬間、鏡城側の防壁が揺れた。司令の笛を模した小さな装置が高く掲げられ、透明な波紋が通りを走る。避難民の数人がその場で固まり、足が凍るかのように動かなくなった。硝子騎兵団は、選択の余地を奪う術を持っている。そこが問題だ。
ヒカリは骨笛剣を口に当てた。骨の冷たさが唇を刺す。彼女にはもう時間はない。合図を出す前に、仲間の顔を一つずつ見た。ハナの瞳は揺れている。トオルの顎は固い。ミナの手は震えているが、懸命にそれを抑えている。灰谷は自分のかつての仲間と目を合わせ、何かを呟いたように見えた。
「同意するか?」ヒカリは言った。声はいつもより小さかった。骨笛剣は口の中で微かに共鳴した。
「やる」ハナが最初に言った。言葉には決意と恐れが混ざっていた。「私は、自分で動く。私は使われるんじゃなくて、使う側になる」
トオルが唸る。「ここで止めたら、俺たちはまた守られるだけのままだ。そうはさせない」
ミナは手を胸に当ててから拳を握った。「避難民の顔を、もう二度とあの機械で凍らせない」
灰谷セイの瞳に小さな光が戻る。「外の塔を壊せるなら……俺も、もう一度敵の名で動く」
ヒカリは目を閉じ、骨笛剣を深く口に含んだ。笛の穴に指を置き、彼女の指先が微かに震える。合意はある。だが、鉄のように冷たい条項が襲ってくる。仲間の合意を無視して吹けば、能力は敵にも及ぶ。敵にも作用する――それは制圧と変わらない。ヒカリはその可能性を拒みたかった。彼らを道具にするわけにはいかない。だからこそ、全員の声が必要だった。
一度、息を吸い込んで、刃身の表面に口元を押し当てる。骨笛は骨のように脆く、しかし空気を受けると深く低い音を吐いた。それは口の中から胸へ、胸から骨へと伝わり、ヒカリの頭蓋を震わせた。音は外へと放たれていく。風が吹き、硝子の欠片がまた一つ、カランと鳴る。だが音は徐々に、世界から剥がれてゆく。最初の一振りで、ヒカリの聴覚が霞んだ。高い音が遠ざかり、街のノイズが綿に溶ける。次の瞬間、声音というものが白い膜になって彼女を隔てた。
「聞こえる?」ハナの口の動きを読む。ヒカリは頷いた。合図のために、彼女は笛をもう一度吹いた。これは指先で刻むリズムであり、合意を体に植え付けるための短い旋律だった。身体が引かれるように感じ、仲間たちの腕と脚が同時に、同じ秩序で動き始める。骨笛の調律に合わせ、ハナが前に飛び出して車椅子の避難者を支え、トオルが砕けた検問柵を押し広げ、ミナは人々を分けて列を作らせた。灰谷はその隙に通りを駆け、旧仲間の一人に噛み付くように向かっていった。
だが、計画が滑らかに進むことはなかった。鏡城アキトは微笑んで指を鳴らすと、塔の小さな装置が強い光を放った。ヒカリの骨笛に内在する共鳴が塔の周波に触れ、一瞬、彼女の全身に別種の振動が走った。骨笛の音は、塔に引かれるように伸び、そこで跳ね返された。避難民の列に再び影が落ちた。数人が足を止めてしまう。
「効いてる!」灰谷が叫ぶ。だがその叫びもヒカリには遠い。世界は音を失い、代わりに振動と圧が全てになった。骨笛剣の振動が手のひらから指先へ、腕を通して胸を締め上げる。痛みと同時に、身体の輪郭が鋭くなる。視界の中の動きが、機械のカメラのフレームのように切り取られていく。
「止めるな!」ヒカリは動かない唇で叫び、歯を食いしばった。仲間の合意は得た。だが同時に、彼女はその代償を受け入れた。聴覚は戻らないかもしれない。音の世界は、彼女の中の別の何かと引き換えに閉じられつつあった。
動きは続く。ハナは泣きそうな顔で一人の少年を抱き上げ、トオルはバリケードの一部を体で支えていた。ミナは励ます言葉を絶やさず、灰谷は指をさして鏡城の胸当てに向かい叫ぶ。視覚で読み取れる命令だけが、今のヒカリの世界だ。骨笛が作った律動が、彼らの足を早める。彼らは自分の意思で動いていた。だが、その意志が正義かどうかは別の問題ではない。ヒカリの内側には、どうしても引っかかるものがあった。それは、相手の意思を奪わずに制圧を解くという約束だ。
「そこか!」トオルが叫び、仮設電盤の裏を抉る。見えた。露出した配線の束が、塔への増幅回路と繋がっている。灰谷は躊躇なく飛び込み、手で配線を掴んだ。硝子騎兵団の一人が彼を押し返そうとする。灰谷はそこで、かつての仲間の顔を見た。硝子の面で覆われた目の奥に、かつての自分の若さが映る。灰谷の指は配線を引き剥がし、火花が飛んだ。
その瞬間、塔から鈍いうめきのような音が低く降りる。ヒカリは首筋に振動を感じた。骨笛剣の残響が塔の共鳴回路と干渉する。塔は揺れ、塔の底に埋められた箱の蓋が微かにずれるのが見えた。灰谷は息を詰め、汗を拭いながらこちらに振り返る。彼の顔は血とひび割れた硝子の反射で彩られている。
「壊れるかもしれない」彼は喉を鳴らした。ヒカリはうなずく。破壊すれば、塔の制御は失われる。だが灰谷の声の端が震えた。「だが、塔にはフェイルセーフが装填されている。制御網が急激に断たれたとき、結合されている端末に逆流が起きる。中には避難所にいる端末もある。安全弁がないわけじゃない――代償は大きい」
視界が一瞬揺れて、そこに広がったのは避難テントの群れだ。白と色布が風に泳ぎ、子どもが泣き、年寄りが手を組んでいる。ヒカリは口の端を噛み、骨笛剣を握りしめる。自分はもう音を聞けない。仲間は自らの意思で動