骨笛剣の配達員と硝子騎兵団 第10話「第9章」
灯りは節電のために薄く、倉庫の天井から吊るされた蛍光管が一つだけチカチカと息をしていた。風が隙間から吹き込み、紙片が机の上で震える。拠点の中心に据えられた古い作業台の周りに、六人が輪になって座っている。皺の寄った手、火傷跡、泥の匂い――それぞれの顔にはここまで来るための跡があった。だが、そのうちの一つだけが欠けている。レンの空席だ。
灯りは節電のために薄く、倉庫の天井から吊るされた蛍光管が一つだけチカチカと息をしていた。風が隙間から吹き込み、紙片が机の上で震える。拠点の中心に据えられた古い作業台の周りに、六人が輪になって座っている。皺の寄った手、火傷跡、泥の匂い――それぞれの顔にはここまで来るための跡があった。だが、そのうちの一つだけが欠けている。レンの空席だ。
「通信、完全に切れてる。居場所も見当たらない」ミツルが、いつもの無造作な調子だが声が低い。机の上でラフに登録用タグを弾く。カチリ、という音が倉庫の空虚に吸い込まれる。
楓は骨笛剣を膝の上に置いた。刃先ではなく、柄に彫られた—人の骨のように白く透けた部分に指を這わせる。冷たい。骨の表面は細い溝で笛のように加工されていて、息を吹きかけるような形で鳴ることもできるが、今日その音を使うつもりはない。音は共有の約束を結ぶ前の合図に過ぎない。
「脱出路を作る。レンが孤独にならないように、捕虜の孤立を断つための――一次通路を現実に引き寄せる」楓は息を吸って、短く言い切る。手元の剣に視線が落ちると、いつもの冷静さの裏に隠れた震えが肉眼で見えるような気がした。
「具体的には?」ハルカが前に乗り出す。軽やかなだけではない。彼女は誰よりも仲間の気持ちを重んじる人だ。
「骨笛剣は――共有した作戦を、物理的に一度だけ“実現”する」楓は言葉を選んだ。「それをここで、仲間全員の合意で発動させる。対象地点と我々の拠点の間に、短時間の通路的な歪みを作る。レンをそこに導いて、我々が収容する。要は瞬間的な接続を作る感じ」
「“一度だけ”か」サトが呻いた。彼は年長で、決断の重さをいつも測っている。「それで、代償は?」
楓の指先が柄に力を込める。思考の中で、彼女は過去の代償を泳がせた。あの夜、独りで刃を鳴らした後、しばらく耳鳴りが止まらなかった。見えてる世界の端が遠のき、匂いだけが薄れていった。嗅覚を失うというのは、食べ物の味だけでなく、生きていることの確証を一つ奪うことだ。
「単独で使えば感覚の一部を失う。聴覚、嗅覚、時間感覚、どれが減るかは使用ごとにランダムだ。しかも、仲間の合意を無視して使うと――能力は“反復”して敵側にも作用する。敵の行動を変えたり、彼らの防壁を強めたりする。だから、意思なき人間のために勝手に起動することは許されない」楓は目を閉じて短く吐いた。「今回は、レンの同意を直接得られない。だからこそ、君たちの“合意”が必要なんだ」
「レン自身の意思を奪うことになるんじゃないか」ハルカの声が震える。彼女はその点を最も恐れていた。敵が人をどう扱うかは全員が知っている。誰かの代わりに決めることが常に正しいとは限らない。
イオが小さな端末を取り出し、画面をくるくる指で回した。彼は外向的ではないが、有能な技術屋だ。いつもは機械の安心感に頼るタイプだが、今は違った。画面にレンの最後の位置情報が赤い点でまだ残っている。だがそれは断片的で、深い場所、硝子装甲帯の近くだと示しているだけだ。
「敵の監察システムは共鳴を拾う。骨の音は硝子を共振させる。起動すれば、向こうも何かを察するかもしれない」ミツルが言う。「でもレンを見捨てるわけにはいかない。ここで立って論じ合うのは、敵の術中だ」
議論は噴き出すように続いた。賛成、反対、前向きな条件付、誰が代償を負うべきか。だが次第に輪は収束していく。ハルカは眉間の皺を緩め、意を決して言った。
「レンは、自分で選べない状況に置かれている。ここで私たちが決めるなら、それは『彼の代わりの声』になる。それを引き受けるなら、私たちはその責任を最後まで取る。私に反対する人はいる?」
沈黙。重さが輪の中を回る。楓は骨笛剣の表面に触れたまま、全員の目を順に見る。掌は冷え、布の上からでも骨の冷たさが伝わってくる。投票は意図的に設計された。賛否を示す小さなガラス玉が一つずつ入った古い缶。満場一致でなければ、剣は起動しない。
「満場一致、だね」サトは簡潔に言って、深く息を吐いた。
それぞれが手の中の玉を確かめる。玉は滑らかで、欠けた部分に光が残る。楓の心臓が跳ねる。もし一つでも反対があるなら、レンはそのまま孤独で、捕虜にされ続けるかもしれない。
「僕は賛成だ」ミツルが最初に投げ入れる。玉が金属の缶底に当たる音は、小さく乾いた音だった。
一つ、また一つ。ハルカ、イオ、サト。順に賛成を示す手が缶に差し込まれ、玉の落ちる音が重なっていく。最後に楓の番だ。彼女は玉を人差し指と親指で摘み、柄を握る手にそれを寄せる。骨笛剣が僅かに震えた。まだ鳴らない。合意の瞬間は、たぶん誰もが同じ呼吸で差し込む。
「楓、君は――」ハルカが言いかけた。
楓は親指で玉を缶に滑り込ませた。誰かが合図するでもなく、四人の手が同時に離れた。玉は一斉に缶の中に落ち、最後の音が倉庫に広がる。音は空気を引き裂くほどではないが、確かな終止符だった。
その瞬間だった。骨笛剣の表面が、細かく震えた。最初は目に映らないほどの微振動だったが、柄の白い部分が手の感覚を通して伝えられてくる。縦に浅い弧を描くように、冷たい震えが指先から上腕まで伝わる。柔らかな笛の音が、空気の後ろでくすぐるように鳴った。微かに、ガラスが鳴るような高音を含んでいた。
皆の肌が粟立ち、顔が固まる。剣の表面に、ほのかな光の筋が走った。まるで内部で流れる微小な風が紋様を描くように、白い骨の繊維が浮かび上がる。
「合意、受理」楓は無意識に呟いた。言葉は自分の耳に遠かった。周囲の声はスローモーションになり、ハルカの呼吸がはっきりと聞こえ、ミツルの指が缶の縁を撫でる音だけが、ここにある現実の輪郭として残った。
だが同時に、遠方から反応が帰ってきた。倉庫外の窓の割れた隙間から、かすかな金属音が押し寄せた。遠くの硝子塔が、微妙に震えたのかもしれない。あるいは、彼らの共鳴が何かを誘発したのかもしれない。いずれにせよ、向こう側の空気が音で応えた。短く、反復する高いノート。まるで答えを返すように。
「拾われたか」イオが端末を取り上げ、画面を凝視する。受信ノイズの中に忍び込んだその音符は、意図的に同じ調波を持っていた。敵の塔が共鳴したのではない。もっと厄介な何かだ。誰か、あるいは何かが、彼らの合意の音に“触れて”返事をした。
「向こうに合図を取られたか?」ミツルが声を低くする。耳に残る応答は敵の監視システムの反射かもしれない。だがイオの顔には別の恐れが浮かんでいた。
「いや、これ……誰か別の場所からの『いいえ』かもしれない」イオの言葉は、端末の解析結果に基づいていた。周波数の位相が奇妙にずれている。人の声に近いものが混ざっているが、歪んでいる。だが、そこに人の意思の残滓があるように感じられた。
楓は剣を抱えるように胸に当てた。冷たさが呼吸の間に滑り込み、身体の中に小さな裂け目を作るのを感じた。合意は得られた。だが、返ってきた音は約束の祝福ではない。遠くからの“応答”は、これから起こるものが単純な救出劇では済まないという予感を含んでいた。
「我々の選択だ」ハルカが言った。声は震えながらも固かった。「これでレンを救う。もし代償が来るな