紅蓮槌の採掘士と列車国家 第6話「第5章」
プラットフォームの瓦礫の上、赤い槌が吐く余熱が夜気を染めていた。鉄粉の匂い、焦げた油の匂い、そして遠くで鳴る列車の余韻が混ざり合って、カナメの視界は揺れた。視界の右端がふっと欠けるように黒く滲み、色が少しだけ薄れていく。紅蓮の光は、まだ手の中で微かに脈打っている。
プラットフォームの瓦礫の上、赤い槌が吐く余熱が夜気を染めていた。鉄粉の匂い、焦げた油の匂い、そして遠くで鳴る列車の余韻が混ざり合って、カナメの視界は揺れた。視界の右端がふっと欠けるように黒く滲み、色が少しだけ薄れていく。紅蓮の光は、まだ手の中で微かに脈打っている。
「カナメ、大丈夫か?」シンが駆け寄って、肩に手を置いた。彼の声がいつもより遠い。カナメはわずかに首を振り、答えを探すように視線を動かす。だが視界がまた揺れて、遠くの人影が二重になる。
「…見える。けど、歪む」カナメは声を絞る。手のひらに感じる紅蓮槌の熱が、皮膚の奥へじわりじわりと侵入してくるようだった。先ほどの作戦の余波が、確かに彼女の視覚を蝕んでいた。共有された作戦――仲間全員の合意で成立させた、小さな奇跡のような挙動。成功の代償が、今、形を成している。
「使い過ぎだって言っただろう」レナは冷たく言った。腕組みし、口元に血の気がない。彼女は紅蓮槌に対して恐れを持っていた。代償を知っている者ほど、武器そのものを忌避する。だが向こうにいる避難民の列は、疲れきって余裕のない顔をしている。
「でも、あれで罠を回避できた。あのままじゃ──」ショウが割り込む。彼はまだ若いが、怒りと焦りが混ざった声を持っている。避難民の列の先には、列車国家の係員が冷ややかな顔で書類を配っている。冷たい青い光がその顔を照らして、無機質に書類をめくる手の動きが規則正しく見える。
係員の名札には「行政監理 局員 ライネ」とあった。長い毛布を羽織った避難民の一人が近づき、手を震わせながら書類に目を落とす。用紙には小さな文字でこう書かれていた。「移送経路および運行時間に関する委任同意」――署名と捺印の欄。ライネは説明もせずに簿記のようにページをめくる。「こちらにお署名を。次の列車はこちらで決定しますので。指示に従ってください」
「これって……選べないの?」子どもを抱いた女性が声を上げた。彼女の声には疲労と恐怖がしっかりと刻まれている。ライネは申し訳なさそうに首を傾げ、のらりくらりと説明を続けた。「私は局の手続きに従っているだけです。選択の余地を与えると、混乱が生じます。秩序のために必要なんです」
カナメは視界を頼りに自分の判断をつなぎ合わせた。赤と青がぶつかる。紅蓮の色が自分の手元を赤く染め、係員の周囲は青く冷え込む。あの代償を考えると、もう一度紅蓮槌で何かを成すことは恐ろしく、同時に見過ごせない理不尽がそこにある。
「書類の中身を見せて」マコトが言った。彼は率直で、口数は少ないが行動力がある。マコトは静かにライネの手から用紙を受け取り、凝視した。顔には驚きと怒りが同時に浮かんだ。「これは……“強制委任”の項目が……。局側の標準様式を装って、移送決定権を一括して奪っている。ここまで露骨だったのか」
「政府の書類っぽく見せることで、住民はそれを公的なものとして受け取る。署名すれば、その場では自分の移動先を選べないってことね」レナが冷静に言葉を重ねる。彼女の目は、自分を守るだけでなく仲間を守るために先を読んでいる。
その瞬間、カナメの視界がまた揺れ、輪郭がにじんだ。遠くの蛍光灯が二重三重に重なり、色が薄れていく。脳のどこかが視覚情報を恣意的に切り捨てているのを、自身で感じ取った。紅蓮槌の余熱が、視神経を焼いているかのようだ。
「もう一度、紅蓮槌を使えば──」ショウの提案は、当然のように続いた。自分たちで列車の運行信号を一時的に作り直して、避難民たちに選択肢を与える。だがカナメは思い出した。仲間の合意を得ずに使えば、能力は敵にも影響し、予期しない被害を生む。しかも代償は拡大する。
「同意なしに使えば、向こうにも影響が出る。敵の設備をいじれるかもしれないが、止めることもできない。巻き込む危険がある」カナメは声を絞った。「前回はみんなで決めた。今回は……」
そのとき、ライネが静かに近づいてきた。彼女の足取りは厳かで、強い責務感が顔に刻まれている。カナメの視界が乱れているのを見て、彼女は躊躇いを含んだ声で言った。「あなたたちの行動が、列車の運行に影響を与えた場合、ここにいる多くの人の安全が脅かされる。私も、局の言い分を持っている。ただ、私だって自分の判断で人を振り分けているわけではない。上からの指示がある」
「指示って?」マコトが冷たく問うた。
ライネは肩をすくめた。青い発光パネルが彼女の顔を青白く照らす。「“統合運行管理”のプロトコル。各ブロックの署名がなければ、運行表は変更できない。私の裁量は限られている。だが、局は書類で住民の選択権を一点で縛る方法を選んだ。混乱を避けるという名目で、だ」
「つまり、システムが“選択”を奪っている」レナが吐き捨てたように言った。「武力じゃなくて、ペンと時間でね」
「そうだ。しかもそのシステムは物理的なセンターで管理されている。各ブロック長の電子署名が揃えば、運行は改変できる。現在、局は書類で住民を仕分け、その仕分けに従って自動的に列車に振り分けている」ライネは低く続けた。「だが、そこには『臨時的』に署名を発行する部署がある。そこを操作すれば──」
カナメの残像が揺れ、赤が青を押しやる。紅蓮の色は手元で小さく震え、まるで自分に「次はどちらを選ぶ?」と問いかけているようだった。紅蓮槌で強制的に運行信号を作ることも、マコトたちが示すように運行センターを物理的に操ることも、どちらも仲間を、避難民を守る道に見える。だが代償と副作用が違う。
「そのセンターに行くつもりか?」シンが眉を寄せる。彼の横顔には迷いが出ている。視界の欠けたカナメを見て、彼は不安そうに言った。「カナメ、君の代わりに俺が行く。君はここにいて、避難民を守って」
マコトが急に顔を上げた。「私が行く。すぐに行ける。外部接続のルートを知っている。向こうの管理局は物理的な入構を要求しているが、地下トンネルを使えば回避できる。だが──」
「行くなら一人で行け」カナメの声はかろうじて届いた。視界の隅でレナが反射的に腕を伸ばしたが、カナメはそれを制した。彼女は紅蓮槌を胸元に抱え、熱を掌に感じながらゆっくりと口を開いた。「私は……もう一度、槌を振るべき時を見極める。けれど、今はあなたたち一人一人の意思が必要。合意がなければ、この力は正しく働かない。強引に使うつもりはない」
一呼吸置いて、マコトは深くうなずいた。「承知した。ただ、俺は一人でも行く。センターの接続口の場所は分かる。もし署名があれば、運行表の束縛を外せる。僕たちが選ばせるための鍵だ」
「無茶をするな」シンが声を荒げる。だがマコトの目は揺るがなかった。彼は自分で決めた行動だと示すように小さな袋を取り、そこに古い駅員の帽子と局のスタッフから掠め取った身分証を入れた。「避難民を置き去りにできない。本来なら、全員で行くべきだが、今は時間とリスクがある。合意はここで取る。俺が成功したら、みんなで動けばいい」
レナはしばらく沈黙した。やがて彼女は、カナメの肩にそっと手を置いた。「あなたが私たちに頼り続けるのは、これ以上は無理よ。あなたは守るために、代償を払ってきた。私たちはあなたを守るために、自分で動