天蓋鎌の消防士と虚空市

天蓋鎌の消防士と虚空市 第4話「第3章」

表示パネルの青白い文字が、規則のように無表情に点滅していた。優先撤収ルール――緊急時の順序を決めるアルゴリズム。列の先頭にいる人間の顔は画面に映され、隣には「優先度」として数値が表示される。数値の高い者から順にバスに案内される。避難券を持たない者は、その時点で「待機」と赤く表示された。

表示パネルの青白い文字が、規則のように無表情に点滅していた。優先撤収ルール――緊急時の順序を決めるアルゴリズム。列の先頭にいる人間の顔は画面に映され、隣には「優先度」として数値が表示される。数値の高い者から順にバスに案内される。避難券を持たない者は、その時点で「待機」と赤く表示された。

葵は胸の中で何かが固まるのを感じた。冷たい蒸気が夜風に舞い、表示灯の光が彼女の顔に切れ切れの影を落とす。彼女の手の中には、薄く曲がった銀の鎌があった。布で覆われた天蓋の縁が指先に触れて、少し湿った金属の冷たさが伝わる。天蓋鎌はいつも、彼女を現場へ連れ戻すように震えた。

「次の検査で、避難券のない人は選別対象になります。無差別の救助は不可。繰り返します、無差別の救助は――」

管理局のアナウンスがスピーカーから流れ、列の数人が押し黙った。幼い女の子が親の袖を引き、その声は震えていた。前方の係員はタブレットを見下ろし、冷たい表情で「申し訳ありません」とだけ言った。女の子の母親は何度も首を振り、腕を伸ばしてみせるが、画面の数値は無慈悲に赤く点滅する。

「ふざけるな……」葵の声は小さく、しかし地面に落ちる氷のように鋭かった。彼女は鎌の柄をぎゅっと握る。天蓋の布がわずかに擦れて、静かな布擦れの音がした。

「葵、落ち着け」秋人が肩に手をかける。秋人は背が高く、消防時代の癖で周囲を観察している。彼の目は表示パネルの下にある監視ドローンの待機位置に吸い寄せられていた。「ここで暴発しても、局は即座に対処する。合意なき発動は……」

「合意なき発動は敵にも作用する。分かってるだろ?」茜が言葉を続けた。茜は小柄で、葵が最も信頼する一人だ。彼女の手の甲には昔の火傷の痕が残っている。茜は鎌をまじまじと見てから、葵の手を握った。「私たちが同じ作戦を共有して、同時に動く。そうやって一度だけ、事を成せる。そのルールがあるからこそ、誰も巻き込まれない。勝手にやったら――」

「感覚を失うんだよ」秋人が割り込む。彼の声には抑えきれない焦燥が混じっていた。「単独発動の代償は知ってるだろ。前にそれで病院の天井が灰色に見えたって、お前自身が言ったじゃないか」

葵は盗み見するように皆の顔を見た。茜はうつむき、秋人は顎を突き出して硬い表情を作っている。列の女の子がまた泣き出し、母親は嗚咽を抑えようと必死だった。人々の恐怖が景色を重くする。

「これが、待つってことか?」葵は低くつぶやいた。「ただ見て、決まった順番が来るまで?」

「待つってことだよ。それが今できる最善だ」秋人の言葉は断固としていた。「もしお前が一人で決めるなら、その代償をお前だけが受けるわけじゃない。合意を無視して発動したら、局のシステムもその『作戦』を受け取る。局はその作戦を逆手に取る。そうなったら、ここにいる人間全員が危険にさらされる」

茜が小さく頷いた。「私たちはもう一度、計画を練らないと。安易に飛び出してたくさんの人を傷つけるわけにはいかない」

葵はアイスブルーの瞳をぎゅっと閉じた。怒りと無力感、誰かを守りたいという欲求が彼女の胸の内で渦を巻く。天蓋鎌は重く、しかし今すぐにでも使えそうに熱を帯びているように感じられた。彼女の指先が柄の刻印に触れたとき、何かが弾けるような予感がした。

「俺は認めない」秋人が急に言った。「ここで無茶は許さない。皆の同意がなければ、そんな力は使わせない」

その言葉に、列の反応とは無関係に、葵の中で何かが切れた。足が震え、呼吸が早くなる。守りたい、今すぐにでも。幼い女の子の顔が、焦げた匂いとともに蘇る。救えないはずはない。

「いい。じゃあ、一人でやる」葵は秋人の手を振り解くと、天蓋鎌の柄を抱きしめた。合意がない。だが彼女の意思は明快だった。周囲がどうなろうと、あの女の子を救うためなら自分の一部を失っても構わない――そう思った瞬間、茜が叫んだ。

「葵、待って!」

茜は走って来て、葵の腕を掴む。彼女の手は震えていたが、意思の光があった。「私も、するよ。私が一緒に――」

茜はそう言って、天蓋の布に触れた。布の感触はざらりとして温かい。だが秋人は首を横に振る。彼はどこかで聞きつけたかのように短く言った。「不十分だ、茜。合意は全員の一致じゃない。『共有した作戦』は明確な合図が必要なんだ。声だけじゃない、意思の同期が必要なんだよ」

茜の顔に迷いが広がる。茜は一瞬、周りの人々を見た。女の子の母親はもう気を失いそうに腕を組んでいる。列の人たちも皆、同じ絶望に縛られていた。茜の指がゆっくりと緩んだ。

「行け」葵は茜の手を振りほどく。声は静かだが、震えが隠せない。「私がやる。二度と戻せないかもしれないけど、行く」

彼女は天蓋鎌を地面に突き刺した。金属がアスファルトに食い込み、鈍い金属音が響く。布がぱたりと広がり、風に煽られて円を描いた。葵は深く息を吸う。視界の端で、監視カメラが首を伸ばすようにこちらを向いた。

「実行!」彼女の声が、喉の奥から絞り出された。

――何かが落ちるような衝撃が、身体を突き抜けた。

最初に消えたのは音だった。周囲のざわめき、足音、スピーカーの冷たいアナウンス、茜の叫び。すべてが遠のいて、代わりに内側からごうごうと風が吹き抜けるような虚無が残った。葵は口を開けて小さな鳴き声を漏らす。手に握った鎌の感触は生々しいのに、鼓膜を伝うはずの世界がまるで薄い膜の向こうになった。

「葵!」茜の声が形だけ届いた。だがどこから来るのか分からない。秋人が自分の肩を揺さぶる衝撃だけが、確かな接触として伝わる。視界だけは保たれていて、彼らの動きは把握できる。だが世界は無音の映画のように動き、冷え切った悲しみを映していた。

一瞬、計画が適ったかに見えた。表示パネルが青から緑に替わり、待機エリアの表示が群青色の一筋に変わる。周囲のランプが移動経路を示し、係員のタブレットが一斉に操作されて人々が一つの方向へ押し出された。女の子と母親は涙ながらに手を取り、列の人々は歓声にも似たかすかな息を漏らした。

葵は安堵した。だが次の瞬間、画面が一瞬だけ虹色のフラッシュを走らせ、そして赤と黒の警告が表示された。

「アノマリー検出。干渉源識別中。優先撤収ルールに異常干渉を検知。局保護モード起動」

表示の下で、監視ドローン群がまるで合図でもあったかのように一斉に旋回し始めた。彼らはただの機械ではない。アルゴリズムの命令系に直接組み込まれ、局の保護モードでは優先的に「干渉源」を隔離する。葵の胸が凍る。彼女が放った作戦が、局の中枢にも同時に伝播していた。合意なき発動。条件を満たさなかったため、その「作戦」は敵にとっても見える形で具現化したのだ。

「全ユニット、干渉者排除。速やかに封鎖を行え」スピーカーから男性の冷たい声が流れる。葵はその言葉自体を聴くことができない。ただ、振動として胸の奥に届く。周囲の人々の足取りが一瞬止まり、次の瞬間、フットライトが彼らを中央の広場へ押し込むように光を変えた。側道が自動シャッターで閉まり、何台もの車両が列を塞いだ。

茜は葵の腕を掴み、顔を近づけて叫ぶように息を吹きかけた。「葵、聞こえる!? 今すぐにそこから離れよ