逆光銃の護衛と凍結政府 第6話「第5章」
強い逆光が、廃れた高架の切れ端を金縁に浮かび上がらせていた。背後から差す低い太陽は、すべてを輪郭だけにしてしまう。砂埃が光を揺らし、群れの顔を影絵に変えていく。早瀬碧は、肩越しに斜めにぶら下がる逆光銃の冷たい金属を感じた。銃身の表面は、まるで光を飲みこむかのように黒く沈み、その銃口だけが薄い光輪を作っていた。
強い逆光が、廃れた高架の切れ端を金縁に浮かび上がらせていた。背後から差す低い太陽は、すべてを輪郭だけにしてしまう。砂埃が光を揺らし、群れの顔を影絵に変えていく。早瀬碧は、肩越しに斜めにぶら下がる逆光銃の冷たい金属を感じた。銃身の表面は、まるで光を飲みこむかのように黒く沈み、その銃口だけが薄い光輪を作っていた。
「時間がない。巡回が早い」高梨遼が小声で告げる。彼の息は白く、呼吸の音だけが遠くに響く。隊列の先頭に立つのは、避難民の老若男女。子どもたちの小さな手が、母親の布を握る。誰もが凍え、誰もが決断を待っていた。
「この高架を並んで渡れば、一斉に横道に逃げ込める。だが幅は狭い。止まったら終わりだ」佐伯靖が地図を指し示す。彼の指先は震えていない。伝えられた情報では、凍結政府の巡回隊が二つの路線で包囲を縮めている。時間差で通過する波の間を縫わなければならない。
「逆光銃で──一回だけ、全員の動きを同期させればいい。計算された一斉行動で、全員が同じ瞬間に渡れる」碧は声を抑えた。彼女の頭の奥には、前世の護衛としての手癖が残っている。合図一つで群れを動かし、安全に導くための手順が幾重にも重なっている。
だが、その手法を使うには合意が必要だった。銃は媒介であり、共同の作戦を一度だけ現実にする装置だ。全員の「同意」が揃わなければ、装置は正しく動かない。しかも、碧は知っている。自分一人で触れれば、代償が来る。感覚の一部が燃えるように失われる。仲間の同意を無視すれば、能力は敵にも作用する──味方に与えるはずの「同期」が、敵をも同期させる。
「でも、正直言ってこれ、八割は賭けだ」市川玲奈が眉間に皺を寄せる。彼女は避難民の中で医療を担当している。目の前の痛みをすぐに取ってやれる人間として、玲奈は連帯と同意に異常な価値を置く。「避難民の何人かは、同意するとは限らない。代理者が混ざっている可能性があるって話だし」
その言葉で、群れの中の一人が硬くなった。飯島圭──廃材にくるまった背中はやけに落ち着いて見えた。彼は避難民の一員だが、佐伯が見つけたときから違和感があった。背中の包みに隠れる小箱の形、手首に巻かれた妙に新しい紐。誰かを匿うような雰囲気が、碧の神経を刺した。
「映像だ。小型の送受信機が検出された」遼のポケットから出た端末が震え、赤い点が二つ、画面を揺らした。碧は自分の胸が固まるのを感じた。赤点は飯島の位置と、もう一つは高架の向こう側──巡回隊の予測ルートを示している。
「奴らに連絡が行っている。止めないと」佐伯の声が低くなる。周囲の空気がさらに冷たくなる。子どもがすすり泣く音が、光の中に断片的に紛れる。
碧は逆光銃に手を伸ばした。黒い銃身は生温かく、彼女の手のひらに伝わってくる。使えば、一瞬で全員の動きが噛み合う映像が見える。群れの足取り、腕の振り、呼吸のタイミング──すべてが合わさって高架を渡りきる。だが合意を取るには時間がいる。避難民全体に説明して、納得させるには、今は猶予がない。
「同意を得るんだ、碧。勝手に発動なんて──」玲奈が急いで続ける。しかしその声には揺らぎが混じる。玲奈は医者だ。人の痛みを尊重する立場は重い。だが、この状況での“同意”は、たとえば子どもにとって意味のある選択ではない。
「代理者がいるんだ。このまま同意のための手続きを遅らせるわけにはいかない」遼が前に出る。彼の瞳は光を反射し、硬い。遼は戦闘経験がある。碧は彼の態度が理解できるが、同時に仲間の意見を押し切れば代償が来ることも知っている。
そのとき、飯島の肩がひくついた。彼はさりげなく両手で胸の前の包みを押さえ、視線を必死に逸らす。碧の直感が「送信」の微振動を感じ取り、彼女はそれに応じて動いた。
「止める」碧は言わずに動いた。走り出すというよりは、音を立てない滑り出し方で飯島に近づく。彼の目が一瞬だけ逸らされる。碧の手が包みに触れると、冷たい金属感とわずかな震えが指先に伝わってきた。端末のLEDが小さく赤く瞬いた。
飯島の動きは、秒針のように正確だった。彼は弾かれたように後ろを振り向き、顔を歪めた。だがその瞬間、向こうの路地から鋭い無線の断片が飛んだ──機械的な確認、そして足音。巡回隊が予想よりも早く近づいていた。
「来た!」遼が叫ぶ。群れの中でざわめきが走る。高架の向こうから、黒い隊列が影絵となって動いてきた。彼らは肩口に硬い装甲を付け、隊列での動作が既に整っていた。碧はかすかな違和感を覚えた。隊列の足取りが、妙に滑らかに噛み合っている。人の群れというよりは、機構だ。
「同意、取る時間ない」碧は低く告げる。彼女は選択を迫られていた。ここで銃を一人で発動すれば、避難民は瞬時に渡れるだろう。だが代償は確実だ。感覚の一部を落とし、仲間の同意を無視したことで、逆光銃の効果は敵にも及ぶ。つまり、この瞬間で敵もまた“同期”する。
「やめろ!」玲奈の手が碧の腕を掴む。その力は真剣だった。碧は玲奈の顔を見る。恐怖と信頼が入り混じっている。彼女の瞳に光がはねる。背後の避難民の一人が、子どもを抱いて碧を見つめる。その目は選択を彼女に委ねていた。
碧は銃の安全を外した。指がトリガー付近で固まる。脳のどこかで前世の記憶が囁く。「護るために、犠牲を受け入れるのが護衛だ」しかし護衛とは、常に相手の意志を踏みにじることではない。碧は迷った。時間は凍るように遅く、太陽の輪郭だけが彼女を取り囲んでいる。
その迷いを突き破ったのは、飯島の小さな動きだった。彼は包みに顔を寄せ、何かを耳に押し付ける。口の端から見えたのは、機微に震える唇と一瞬開いた眼差し。それは計算された裏切りの確信だった。碧の中で、決断の歯車が一気に回る。
「行くよ」碧は静かに言い、トリガーを引いた。
発射の瞬間、世界が逆光のように引き伸ばされた。銃口からではなく、銃そのものが薄い膜のような光を吐き、その光は群れの中心へと押し広げられた。風が一斉に止まり、子どもの泣き声が遅れて来る。碧は胸の奥で何かが弾けるのを感じた。耳鳴りが一瞬で脳内を充満し、色が洗い流されるように世界の端がぼやけた。手足の感覚が薄くなり、痛覚が遠ざかる。目の縁に黒い額縁が広がる。
だが同時に、群れの動きは奇跡のように揃った。人々の呼吸、足の着地、子どもの小さな手の振り方まですべてが一斉に合い、列は滑るように高架を渡りだす。碧は安堵のようなものに包まれた。彼女が望んだ瞬間が訪れたのだ。
そのとき、遠くで銃声が連続して鳴った。隊列の向こうで、黒い巡回隊が体勢を整えていたのだが、その動きはこれまでとは違っていた──碧の同期は、向こう側にも広がっていた。敵の動きが同じリズムで整い、姿勢を崩さずに射線を作る。彼らは生身の人間としてではなく、同じ意思で動く鋼の群れのようだった。
「歪んだ……」遼が呻く。彼の声は遠くだが確かに聞こえた。碧の耳の奥で、金属の音が残響のように鳴る。敵の銃列が同時に射撃行動のタイミングを合わせ、避難民の列の側面に火が走った。悲鳴が逆光の中で龍のように渦巻き、碧の視界の端で誰かが倒れる。子どもが布を離して転げ落ちる様を、碧はスローモーションで見た。時間は細く裂け、目の前