逆光銃の護衛と凍結政府

逆光銃の護衛と凍結政府 第22話「第20章」

風が焼ける匂いを運んできた。南門区の夜景は所々炎に裂かれ、窓ガラスの破片が月明かりを逆転させるようにキラリとした。槙瑠は廃ビルの屋上の縁に座り込み、逆光銃を膝に抱えていた。銃身は黒光りしているわけではなく、どこか吸い込まれるような淡い逆光を帯びていた。熱風が顔に当たり、瞼の裏に火の粒が舞うのが見えるような気がした。

風が焼ける匂いを運んできた。南門区の夜景は所々炎に裂かれ、窓ガラスの破片が月明かりを逆転させるようにキラリとした。槙瑠は廃ビルの屋上の縁に座り込み、逆光銃を膝に抱えていた。銃身は黒光りしているわけではなく、どこか吸い込まれるような淡い逆光を帯びていた。熱風が顔に当たり、瞼の裏に火の粒が舞うのが見えるような気がした。

「報告、橋はもう焼けてる。補助路は三箇所ふさがれた」松尾が双眼鏡越しに告げる。声の端に焦燥が混じっている。遠くで鋼の悲鳴がして、橋桁が崩れる音が鈍く街に落ちた。避難路は限られていた。目をこらすと、下の通りに点々と小さな群れ——避難民が、煙に追われるように移動している。

「七緒、海斗は子どもたちを確保してる。リーダー格の連中が防衛ラインで踏ん張ってくれてる」七緒の声は静かだが確信がある。彼女は指先に血の匂いをつけているようで、息遣いが荒い。槙瑠は逆光銃を両手で確かめる。重いわけではない。けれどこれ一挺が、今夜の選択を決める。

「相手は残氷連隊の分遣隊。物理破壊で抵抗を断つ作戦だ。市民の動線を断って、強制的に手続きを停止させるつもりだろう」海斗が短く補足した。彼の額には煤と汗が混じっていた。顔の横に小さな子どものぬいぐるみが抱きしめられているのが見える。

逆光銃は、味方と共有した作戦だけを一度だけ現実として実現する。それは槙瑠が前世から守ってきた戦術であり、同時に呪いでもあった。合意のない行使は、能力を敵にも作用させる。単独行使すれば反動で感覚の一部を奪われる——それは槙瑠が何度も身をもって知っている代償だ。

「これが──」槙瑠は銃口に触れ、冷たさを確かめた。表面に刻まれた細い文字が手のひらに触れる。『協約を結んだる者のみ、光は逆を為す』。文句の意味は分かっている。問題は、今ここにいる仲間全員がその協約に同意しているかどうかだ。

通信が小さく震え、グループチャットの声が入る。映像越しに避難民の数が表示される。槙瑠は一度、息を吐いた。

「我々の案を実行する。東側の二つの障害を一瞬だけ消せる。海斗は群れを右に引いて、松尾はバリケードを開ける。七緒、君は煙幕を上げて、私の合図で一斉に横断する」槙瑠は淡々と指示を並べる。計画自体はシンプルだ。逆光銃が作動する瞬間、合意された行動が完璧に同期し、物理的な障害が「一度だけ」無効化される——門が滑るように開く、火の壁が一瞬だけ風に押し流される、爆弾の導火線が止まる。

「合意する。やる」七緒が言った。彼女の声に迷いはない。瞳がよぎる懸念を無理に押し込めるように、固く手を握る。

「俺も」海斗が続く。松尾の唇も動いた。だが、通信の隅で、リーダー格の一人、取手がはっきりとした声音で拒否した。「その案は危険すぎる。逆光銃を作動させたら、確実に俺たちの誰かが感覚を失う。手続きの草案はまだ完成してない。我々が壊れたら、やっとここまで来た市民たちに何が残る」

槙瑠の胸の中で何かがぎくりと音を立てる。取手の言葉は正しい。代償は確かだ。だが下の通りで煙に包まれ、泣き声を上げる子どもの存在が、理屈を凌駕している。選択はただの二択ではなかった——放っておけば多くが死ぬかもしれない。行使すれば誰かが失う。

「取手、今は待ってくれ」七緒が諫めに入る。「合意は必要だけど、ここで拒否したら誰も助からない。あなたも分かってるはずだ」

「分かってるから拒否してるんだ!」取手の声は震える。喉の奥で何かを飲み込む音が聞こえた。通信が短く沈黙した。槙瑠は指の間で逆光銃を回した。金属の冷たさが肌に食い込む。

「俺が行く」松尾がポケットから小さなスナイパー用の照準器を出した。「代わりに俺が前へ出る。合意してる、皆。松尾は槙の横で動く。俺の命を賭ける」

松尾の言葉に取手の拒否が変化した。グループの中に一瞬、共鳴のようなものが走る。各々の目に短い決意が灯る。合意は成立した。ただ一人、取手だけが首を振ったままでいる。能力の条件は「味方と共有した作戦だけを一度だけ実現する」——この共有の輪郭に、取手の『拒否』は含まれない。だが能は、合意の輪に入っている者が多数であることを要するのか、全員一致を要するのか、それはいつも曖昧だった。

槙瑠は自分の中で秤を傾けた。取手の拒絶は、もし無視して銃を放てば、能力は敵にも作用するという意味を持つ。敵にも作用すれば、それはこの夜の戦況を一変させる可能性を孕む。だが、それは同時に予期せぬ副作用を生む。かつて、単独行使で左耳を失った夜の記憶が胸を締め付けた——喉の奥が乾く。総ては代価だった。

「全員が動く準備を」槙瑠は短く言った。合図は自分で決める。松尾が頷き、七緒がボタンに触れる。海斗は小さな群れの位置を確認し、口元で数を数えた。

「銃、発動」松尾の声に合わせて槙瑠は銃に指をかけた。銃身の内側から、逆光がゆっくりと広がる。音が変わった。遠くのサイレンが一瞬だけ遅れて聞こえたような錯覚。視界の端で、火の輪郭がふっと和らぎ、煙の流れが右へと曲がった。

槙瑠は引き金を引いた——音はなかった。身体の中に冷たい波が走り、左肩から腕へ、やがて左手の感覚が薄れていく。指先の熱さ、布のざらつき、松尾の手のひらの輪郭、すべてが遠くなる。耳に入る高音が消え、街の破片音が低く重たくなる。世界がぎくりと回転した。

その瞬間、東側の二つの障害が、物理の摂理を無視したように一瞬だけ「消えた」。門の金具が溶けるわけではない。だが群れが走る道が、まるで線が引かれたかのように空白になり、燃え盛る壁と瓦礫の間を滑るように抜けられた。松尾が叫ぶ。「今だ!右に!」

七緒が煙幕を投じ、煙は意図された流れを描いて空に横たわった。海斗は群れを押し出し、避難民の悲鳴と共に数十人が無事に路を渡った。槙瑠は注意深くその光景を追った。胸の中で何かが満たされる。だが同時に左手の震えは止まらず、世界の色が一枚薄く剥がれていった。

作戦は成功した。だが効果が消えた瞬間、槙瑠は大きな報いを感じた。左耳の高音域は戻らず、左手は痺れている。視野の端の光の輪郭が曖昧になり、逆光そのものを判別しにくくなった。名前は付けられない――ただ、世界の輪郭が少しだけズレた。

「槙──!」七緒が駆け寄る。彼女の手が槙瑠の肩に触れたとき、槙瑠はその暖かさを確認できたが、指先の細かな震えは感じられなかった。七緒の顔がぐっと近づく。彼女の目は湿っている。

「僕らは助かった、ありがとう」海斗の声が震える。避難民たちの足音、子どもの泣き声、誰かの笑い声が混ざる。成功の余韻が短く広がった。だが、通信器が再びけたたましく鳴り、遠くの方角から別の爆発が伝わる。残氷連隊の一斉攻撃で、北側の高炉が炎を噴いたらしい。新しい危機だ。

その時、銃の側面で銀色のプレートがほんのわずかに光った。七緒がそれを見つけて指を伸ばした。刻印はこれまで気づかなかったものだった——小さな官章と、そこで使われている符号。槙瑠は喉が渇くのを感じてその文字をなぞった。符号は政府の公的記録で使われるものと同じ形式だ。だが、こんな夜にそんなものを見てどうするというのか。七緒の指が震えている。

「これ……製造者の刻印だ。凍結局の様式だよ」七緒の声は小