砂鉄翼の探索者と群体王

砂鉄翼の探索者と群体王 第27話「第二部幕間」

冷たい朝風が、集落の薄い防壁を撫でて通り過ぎる。砂の粒がレイの手の甲を擦り、金属の微かな匂いを残した。指先に残る黒い粉は、昼間の光を反射して細く光る。カナは隣で布を絞りながら、ふっとため息をついた。

冷たい朝風が、集落の薄い防壁を撫でて通り過ぎる。砂の粒がレイの手の甲を擦り、金属の微かな匂いを残した。指先に残る黒い粉は、昼間の光を反射して細く光る。カナは隣で布を絞りながら、ふっとため息をついた。

「もう二日も音沙汰ない。記録盤はあのままじゃ、子どもたちの名前も確認できない。群体の名簿があれば——」
「奪うには、記録室へ行かないと駄目だ」とトオルが言った。彼の声は、朝の空気に硬く吸い込まれていく。「でも司令塔の周りは巡回が増えてる。正面からじゃ無理だ」

レイは砂鉄の塊を手の平で撫でる。小さな羽根のような形が指の間で揺れ、風で端が震えた。羽根の先端から黒い粒が一粒、落ちて砂に吸い込まれる。「使えるなら一度で終わらせる」と、いつもの癖で口が動きかけたが、言葉を飲み込む。

「一度で、って……また単独でやるつもりか?」カナの目が細くなった。彼女は仲間の合意の重要さを何度も説いてきた。ここでの合意が、レイの能力の発動条件であり、仲間の意思を蔑ろにすれば作用が裏返ることを、彼らは肌で知っている。

「合意を取る時間がない。記録盤はいつでも移動する。今しかないんだ」レイの手が、砂鉄羽根を押しつぶすように少し強く握りしめた。金属が微かに鳴り、冷たさが皮膚に刺さるように伝わる。

サユが黙って近づいてきた。彼女は小さな包みを抱えている。疫病の看護で疲労が溜まりながらも、顔には決意があった。「合意なしは危険だよ。でも……誰かが行かなきゃ、何も分からない。私、背を取る」

「背って、囮?」トオルが割って入る。だが目は優しく、サユの言葉を否定しなかった。自分の判断で動くと言う彼女の選択が、そのまま集落の運命に小さな裂け目を作るのを、皆が知っていた。

レイは息を吸い、羽根を額に当てた。砂鉄は温かく、僅かに振動する。合意のない発動は、レイ自身の感覚を削るときがある。前回の代償で味は消え、食卓のスープは水のようにただ淡かった。今回、それがどこへ行くのか、予測はつかない。だが記録の開示は、今、必要だと思った。

「俺が行く。静かにしていてくれ」レイは短く言い、砂鉄を拳に固め上げた。羽根が一枚、薄く、だが確かに形作られる。指の先から手首、肘へと黒い粒が伝い、皮膚に冷たい刺痛が走る。頭の裏で、何かが歌うような振動を感じる。これはいつもの前兆だ。

サユが肩を叩いた。「行って。私は門の方へ出る。そっちの巡回を引きつける。時間を稼げるなら」

「無茶をするな」カナの声が震えたが、言葉は届かない。レイはもう動き出していた。

狭い路地を抜け、堰堤の古い給水ポンプの陰にある、群体の簡易端末が残置されている場所に着いた。端末の表面は砂で磨耗し、かつての統制を示す紋章は擦り切れていた。横には小さな施錠箱。記録盤への直通端が一つ、埃に覆われている。

レイは砂鉄の羽根を端末に押し当てた。羽根はじっとりと吸い付き、風に羽ばたくように広がる。鉄粉が羽根の輪郭をなぞると、端末の表面にひびが走り、古臭いカバーが蠢くように開いた。画面に薄い光が戻る。嬉しさと同時に胸の奥がざわつくような感覚が走る。

だが、同時に何かが遠くで連動した。まるで地下を伝う振動が一瞬で脈打ち、集落の向こう側にある群体塔の鐘が短く鳴った。端末の小さなスピーカーが自動的に起動し、かすかなビープ音が外套のように広がる。レイは手を離し、振り返る。向こうの高台で、徴収隊の小さな群れが一斉に動き出した。巡回のルートが変わったのか、無線が跳ねたのか、彼らの動きは規則的で、明らかに何かの合図に応じている。

「レイ、どした!」サユの叫びが遠くで聞こえた。だがその声は、次の瞬間、ふっと薄れていった。自分の胸の鼓動だけが大きく、外界の音が吸い出されるように消えていく。言葉は口を突いて出るが、耳に入らない。自分の舌が動き、空気を震わせてはいる。だがそれが響くのは、頭の中の自分だけだ。

端末の画面に文字が流れた。ログ? それとも応答? 視界の端で羽根がまた震える。だが画面の文字が意味を結ぶ前に、背後の方角で金属の扉が開く音がした。規模のある装置が動き出す轟音が、足元の砂を震わせた。レイは足を踏み外しそうになった。手が震え、地面に指をつく。指先に伝う感覚すら遠ざかっていく。

「やったのか、レイ!」カナの叫びがあった。だがその叫びもやがて薄れ、残るのは息遣いと砂の擦れる音だけ。頭の中で、レイの世界は濁り、奥底の何かが剥がれていくのを感じた。味を失ってから、匂いも、そして……今回は音が遠ざかる。

画面が点滅し、一行のコードが浮いた。

> 受信: 同期要求。索敵網に入電。確認待ち——

そして次に出た文字が、レイの視界を凍らせた。

> 記録室位置: 旧貯水池地下階層B-7

記録室。深層。B-7。指先が震え、羽根が地面に崩れる。レイはその文字を読むことはできたが、口に出すべき言葉はもう耳に届かない。身体のバランスもおぼつかない。周囲の輪郭がゆっくりと溶けていき、世界は紙の上の墨流しのようになった。

サユの足音が、かすかに近づいてくる。彼女は息を切らしながら、手を伸ばしてレイを掴んだ。「大丈夫か? 返事しろ!」彼女の声は大きい。それでもレイには、振動だけが伝わる。喉を裂くように叫ぼうとして、彼は自分の唇が震えるのを感じるだけだった。

トオルが端末の画面を覗き込み、眉を寄せた。「B-7……旧貯水池の地下か。あそこは群体の補給線が交差するところだ。もし本当に記録室があるなら、奴らの心臓部だ」

カナは地面に膝をつき、レイの掌を取った。掌は冷たく、指の節が白い。「合意なしに起動した結果、こっちの索敵網まで乱した。向こうも気づくはずだ。私たち、これで標的になったかもしれない」

沈黙が重く落ちる。音が消えた世界で、皆の顔の表情だけがレイの視界に残った。決意、恐れ、怒り。サユは口を噤み、やがてぽつりと言った。

「なら、行くしかない。記録室を潰すか、ここがやられる前に何とかする。選択は二つ。一つは逃げる。もう一つは行く」

レイは唇を噛みしめた。耳のない世界で、自分の心音だけが明瞭に聞こえる。合意を求められる瞬間、仲間の自治が何よりも重要だと理性は知っている。しかし既に行動してしまった今、その結果を受け止めるのも自分の責任だ——そう思った瞬間、サユが彼の袖を強く引いた。

「私が先に出る」と彼女は言った。顔に泥と汗が混ざって光る。自分の意思で動くと宣言したのだ。トオルは短く頷き、カナは両手で顔を覆った。

画面の下に、もう一つ、判読不能な小さな文字列が流れた。レイは目を凝らした。そこには一つだけ、はっきりとした文字が浮いていた。

> 発信源識別: 起動者未確認。記録開始——

未確認。起動者。集合体の網は、今、彼らを見つめ直している。音のない風が通り抜け、砂が三人の足元に巻き上がった。その砂の中で、かつての羽根がひっそりと崩れていく。

サユは息を整え、トオルに短く言った。「門の方へ走って。巡回を引きつけろ。カナ、ここを守って。レイは、回復が必要なら撤退を指示して」

カナは怒りを抑えた目でレイに一度だけ視線を返した。「自分の感覚を犠牲にしてまで何を守りたいのか、よく考えろよ。次はもう許