砂鉄翼の探索者と群体王

砂鉄翼の探索者と群体王 第14話「第一部幕間」

潮の匂いと鉄の匂いが混じった夜風が、仮設の垂れ布を揺らした。ユイは砂に膝を埋め、薄い毛布の端を握りしめたまま、遠くを見ていた。遠吠えのように聞こえる金属の擦れ、徴収隊の荷車の車輪が石を拾って鳴らす音が、砂丘の向こうで断続的に響く。誰かが寝返りを打つ。火の焰が小さく跳ね、隣のミハルの息が安定していることだけが分かった。

潮の匂いと鉄の匂いが混じった夜風が、仮設の垂れ布を揺らした。ユイは砂に膝を埋め、薄い毛布の端を握りしめたまま、遠くを見ていた。遠吠えのように聞こえる金属の擦れ、徴収隊の荷車の車輪が石を拾って鳴らす音が、砂丘の向こうで断続的に響く。誰かが寝返りを打つ。火の焰が小さく跳ね、隣のミハルの息が安定していることだけが分かった。

「今は、やらないでくれ」背後からソウタの低い声。布の影の中で彼の顔が歪むのが見える。ソウタは短気で、銅線を叩いて作り直したナイフを膝の上に置いていた。「あいつらが戻る前に──」

ユイは振り向かずに言葉を返した。「一度で終わらせるって、約束しただろ。合意がなきゃ、羽は機能しない」

ミハルが目を細めた。「合意、だが──合意はただの儀式じゃない。全員の判断が繋がって初めて、砂鉄翼は味方を貫く。ユイ、一人で使えばどうなるか知ってるだろう?」

火の光に照らされたミハルの顎がわずかに震えた。彼は地図を折りたたみ、指先で繰り返し同じ場所をなぞる。リナは包帯の端をいじりながら、誰も起きてこないことを願うように目を閉じた。

向こうから、荷車が止まる音。木が軋み、子供の泣き声が短く聞こえた。ユイの胸が固まる。薄暗い夜空に、群体の灯りがちらちらと視界を切った。

「もし……誰かが、あの子を──」ユイの声は震えた。言葉の後ろにある欲望は、鋭かった。ユイはかつて、危険現場で生き延びるために手を汚した人間だ。前世の名残のように、行動が先に立つ。だが、ここでは違った。合意がルールだ。仲間の意思が盾になり、羽の力が初めて安全に噴き出す。

荷車の近くで、徴収隊士の一人が子どもの肩を掴んだ。布が引かれて、小さな足が宙に浮く。母親が叫ぶ。ユイの手が砂を掻いた。心臓が跳ね、古い習性が叫んだ。合意を待っている時間などない──と。

ユイは立ち上がった。砂が薄い革の靴底を擦る。ソウタが飛び起きる。ミハルが唾を呑み込むのが聞こえた。リナが「ユイ、待って」と叫ぶ前に、ユイは両手を広げた。

鉄粉の粒が、風にさらわれるように集まり始める。最初は無秩序な舞だった。指先から、砂の温度が金属の冷たさへと変わる。粒が互いに擦れ合い、金属の薄い歌を口ずさむ。肩のうしろで、羽根の輪郭が現れた。薄く、でも確かに羽根をなす砂鉄——砂鉄翼が、夜の空気を裂く。

だが、その形はいつもと違った。仲間の手のひらと手のひらが触れ合って生まれるような温度の繋がりがない。羽根の縁から、黒い粉がぽろりと零れ落ちる。その粒は次第に焦点を持ち、先の徴収隊の荷車へと吸い寄せられた。

ユイは意識の端で、妙な味を感じた。舌の奥に鉄の味——新しく温められたネジのような味が広がり、すると同時に、味の輪郭が消え始めた。最初に甘みがなくなり、次に塩味が薄れる。口の中が平らになり、世界の一部が切り取られていく感覚が走った。だが、ユイはその痛みを飲み込むようにして目を荷車に据えた。

羽が荷車の軸を包み込む。木の車輪はぎゅ、と音を上げて止まった。歓声にも似た安堵が喉の奥を滑った──瞬間、羽の粒子が車輪から逸れ、補助の鎖、武具の金具、兵士の腰の小さな歯車へと侵入していく。金属が共鳴する。鋼の小さな関節が引き攣り、機構のリズムが乱れた。矢のような金属音が夜に走る。

徴収隊の一人が銃を構えた。だが、銃の内部で砂鉄が踊り、引き金の連結部が噛み合わない。代わりに、装備の一部が弾け、火花が散り、布が燃えた。パニックの中、荷車が突然前に押され、子どもが仰向けに放り出された。母親の叫びが夜を切り裂く。兵士の一人が叫び、何かを掴んで転倒した。血の匂いが風に混じる。

ユイはその場で、確実に何かを失ったと知った。舌の先が痺れ、味が消えただけではない。左耳に高い鳴動が生じ、遠くの音が薄れていく。左手の指先が冷たくなり、感触が遠退いた。呼吸が浅くなり、胸の奥が鉄板に挟まれるようだ。羽はまだ揺れている。だが、それはユイの内側から少しずつ剥がれていくような、望まない振動だった。

ペンライトがこちらへ向けられる。仲間が疾走してきた。ミハルの顔は青ざめ、ソウタは怒りと安堵が混ざった表情で固まっている。リナは膝をついて、転がる子どもを抱き寄せた。隣のテントから他の避難民も出てきて、夜の空気は叫びで満たされた。

「ユイ、何をした!」ソウタの声は割れた。怒りが刃となって突き刺さる。「合意だ、約束だろう!」

ミハルはユイに一歩だけ近づき、低く囁いた。「一人で使ったら、羽は誰にも恩恵を与えない。誰かの心を凌駕した瞬間、力は制御を失う。分かっていたはずだ」

ユイは言葉を出すことが難しかった。味覚が奪われた舌で「ごめん」とだけ言う。謝罪は空虚に響いた。リナは冷たいにじむ汗を拭いながら、子どもの頬の温度を確かめる。「大丈夫、だが──兵士の一人に大怪我だ。あの火花で器具が壊れたらしい」

遠くで、徴収隊が狼煙のように集合音を上げる。荷車の残骸は、夜の証拠として砂に散らばる。誰かが金属のプレートを踏みつけながら逃げていくのが見えた。そのプレートには、小さく刻まれた印があった——「群体」の紋と、その下に細い線で書かれた文字列。ユイはその印がひどく見覚えがあることに気づいた。

「あれは……登録票の一部?」ミハルが指をさす。指先が震えている。「群体記録室の印だ。ここからすぐ――」

そのとき、砂の縁で小さな影がよろめいてこちらに向かってきた。軍の制服の端切れをまとった若い男が、片膝を突いて哀願するように一枚の紙片を投げつけた。紙は泥と血で汚れている。額に血が滲んだ彼の顔は、ユイたちが前に見た徴収隊員の一人、カズだった。彼の目には、夜の明かりが刺さるように光る不安があった。

「す、すまない……これだけは、持って来いって……命令で」カズの声は裂けていたが、その中に意志の残滓があった。「記録室の――アクセスコードの一部。司令塔に持っていく前に落としたらしい。俺は、もうこれ以上は……耐えられない。頼む、逃げてくれ」

ユイは紙片を拾った。そこには、群体記録室の略図といくつかの数字、そして小さな印が押されていた。印の横には「制御区画三:外部アクセス不可」とあった。ユイの胸の奥で、何かがはじける。味を失った口の中で、決意が乾いた音を立てる。

仲間がざわめく。ミハルが目を丸くして特殊部の文字を読み上げる。「記録室か……それを狙えば、徴収の根拠を割れるかもしれない。でも、そいつらは増援を呼ぶ。今夜は無理だ」

ソウタが拳を握る。「増援? 今がチャンスだろ。奴らが動揺してるうちに突入しろ!」

リナはカズを見つめる。カズは震えながら一言付け加えた。「司令塔は、――群体王の下層管理が動く場所だ。記録室に行けば、誰が誰を納税させてるか、誰の選択を剥奪してるかが分かる」

ユイは味のない舌で、ゆっくりと首を振った。羽の余韻が背中で冷たく震え続ける。彼女が一度だけ、仲間に見せたものは破片を伴って帰ってきた。合意を無視すれば、力は制御を失い、無差別に作用する。だが同時に、ほんの一枚の紙片が握る情報は大きい。

「行く」ユイが言った。声は嗄れていたが、決意は揺るがない。「俺が行く。今は準備ができていない。でも、このままでは同じことが