深海槍の修理師と天井評議会

深海槍の修理師と天井評議会 第4話「第3章」

風向きが変わるように、査察は静かに来た。夕暮れの光が天蓋の裂け目から差し込み、薄い埃を金色に撒き散らす中、三台の低い車両がスロープを降りてくる。車両の側面には無地の紋章と、冷たい青の塗装。人々は戸口に集まり、子供は母親の裾に縋りついた。レンは深海槍を背に背負ったまま、手のひらで柄を確かめた。冷たくて、僅かに湿った金属の感触。修理工具の輪が腰で揺れる。

風向きが変わるように、査察は静かに来た。夕暮れの光が天蓋の裂け目から差し込み、薄い埃を金色に撒き散らす中、三台の低い車両がスロープを降りてくる。車両の側面には無地の紋章と、冷たい青の塗装。人々は戸口に集まり、子供は母親の裾に縋りついた。レンは深海槍を背に背負ったまま、手のひらで柄を確かめた。冷たくて、僅かに湿った金属の感触。修理工具の輪が腰で揺れる。

「査察官だ。身分を示して入る」低い声が通った。先頭の一人が書類を掲げる。その肩書きはもちろん「天井評議会査察局」だ。彼らは策を持って来ている。コミュニティ外の調査を正当化する書類。レンは胸の奥がきしむのを感じた。これまで散々すり抜けてきたが、今日は違って見える。

ユイがレンの横で震え声を出す。「どうするの、レン。前みたいに……」

「今は無理だ」レンは低く答えた。深海槍の力は万能ではない。仲間と合意した作戦だけを一度だけ現実化する媒介。それには、互いの意思を槍の先に寄せる必要がある。全員が同じ作戦を共有し、同意しなければ、効果は不確かになる――あるいは、敵にも作用する可能性がある。レンはその代償を何度も見てきた。単独で槍を使うことは、感覚を失うという代償を伴う。

だが、拘束の対象は老人と子供の混じる小さな列。査察官の一人が腰の帯から短い拘束具を外しながら、人を選んで歩を進める。住民の顔が青ざめる。何人かが自発的に手を差し出した。屈辱と恐怖が混ざった同意だ。レンはそれを見て背筋が凍った。

「彼らはただの書類だって言ってる、従えば済む」オルガが震えながら言う。年の行った女性だ。彼女の目には諦めが宿っていた。だがカイは首を振った。「逃げるべきだ。こういうのに付き合ってたら、次はもっと酷くなる」

合意は割れていた。完全ではない。レンの手が槍の柄に固く絡む。金属が微かに唸る。槍の先端から、深い海の匂いがするような錯覚が襲った。潮の匂い、古い鉄のにおい。レンの胸が苦しくなる。彼は能力の具現化がどういうものか知っている。だが今日は、仲間の同意が微妙だ。

「レン、やめて。……それで誰かが傷つくなら」ミナが掠れた声で止める。ミナは若いが決断力があり、集団の中でいつも仲介をしてきた。レンは彼女を見る。彼女の手は小刻みに震えていた。だがその目には恐怖ばかりではなく、ある種の覚悟も混じっている。

査察官が拘束対象の一人、細い少年の肩を掴む。少年は抵抗の意思を示さず、ただ震えている。レンの中で何かが弾けた。彼は槍を引き抜いた。海底のような青い刃が夕陽を吸い込み、まるで呼吸するかのように脈打った。

「皆、聞いてくれ。計画は――」レンは言いかけて止めた。合意を取るべきだ。だが住民の間には分断がある。抵抗を恐れる者、諦める者、もう少し時間が欲しい者。レンは短く息を吐く。

一瞬、彼は自分一人でやってしまうことを考えた。槍は修理師としての彼にだけその扱いを許す。だが代償は身体に来る。聞こえるはずのものが遠ざかり、色が薄くなる。前世で経験した、危険現場での代償が脳裏に浮かんだ。だが少年の小さな肩が査察官の手で押し下げられるのを見た瞬間、レンは判断を下した。

「やる」声は低く、震えていた。ユイが目を丸くする。レンは最小限の言葉で合図を送る。だがそれは合意の表明ではなかった。彼は仲間たちの意志を槍に集めようとする――が、全員がはっきり同意してはいない。

レンは槍を地に突き立てた。刃先が砂埃を掴むように沈む。軋むような音とともに、深海の冷気が一斉に吐き出された。周囲の空気が重くなり、目の前の世界が遅く引き伸ばされる。子供のひとつの瞳孔が拡大し、錠前が指先を滑っていく様が、スローモーションで伸びる糸のように見えた。車両の影がゆっくりと伸び、砂埃が銀の粉塵となって舞った。

時間が遅くなった――しかしそれは、小さな泡のように、槍の先端からほんの数歩分しか広がらなかった。狭い空間の中で、空気は濃縮された水みたいに重く、動きは粘つく。ユイはその中で静止した少年の腕を取り、そっと引いた。ミナはオルガの袖を掴んで引き戻す。数人がこの瞬間を使って隠れるか、逃げるかを選んだ。

だが拘束の輪の外、査察官たちは容易に動けた。彼らの視界は遅延の境界を越え、被拘束者を押さえていた者の腕がゆっくりと伸びる。時間の歪みは完全な無力化ではなかった。ほんの一・二歩、いや十数歩分の差でしかなかった。それでも、その差は命を救うための窓になるはずだった。

レンはその効果に満足するどころか、心臓が凍るような寒さを感じた。代償が来る。世界の音が、綿の中から遠くで鳴る鐘のようになる。最初は均一だった。だが音はどんどん削り取られていき、やがて一部だけが残る。高い金属音が耳の奥で鳴り続け、まるで鉄板を薄く引き裂くような痛みが縦に走った。レンは手で耳を押さえたが、鈍い鼓動が手のひらに伝わるだけだった。

「レン!」ミナの声が遠くで破裂したように聞こえ、歪んで波打った。言葉は階段を落ちるように連なり、意味が剥がれていく。レンは口を開けて叫ぼうとしたが、音は出ても自分では聞こえない。代償が肉を奪うように、聴覚の一部が攫われていった。

時間の遅れが終わると同時に、日常の音が戻るはずだった。だがレンの世界に戻ったのは、均質な静寂ではなかった。代わりに耳の中で永遠に繰り返される金属的な残響が残った。高い「カーン、カーン」と鋭い波形が断続的に耳の奥で反響し、彼を苛む。周りの声は戻ったが、ベール越しのように濁っている。その渦の中で、彼はしばらく立ち尽くした。

ユイがレンの肩を掴み、強く揺すった。「レン! どうしたの!」

「聞こえるか?」レンは必死に口を動かす。だが彼の発声は自分の耳に届かない。ミナが近づき、手を彼の口元に当てた。彼女の瞳が真剣だ。「少し休め。代償でしょ、いつもの」

「いつもの」――その言葉は焼けただれたように胸に突き刺さる。レンは深く息を吸う。代償は短時間の聴覚障害だけだった。前世で重ねた何度かの使用はもっと深刻な代償を招いたこともあった。だが今回は、聴覚の一部が失われ、代わりに金属音の幻聴が残った。指先の痺れはなかったが、耳の奥の空洞が孤立するような感覚は、何よりも怖かった。

「捕まった?」レンは朧げながら、外に目をやる。ユイが小さく頷いた。「何人かは逃げられた。だが一人、二人は連れて行かれたよ。あの男が――」

ユイの指さす先には、査察官に押されるように歩かされる者の背中があった。古い労働着を着た男、名前をレンはまだ覚えていた。マサオ。ここで長く働いてきた。彼の手は無理やり背中に回されていた。マサオは振り向きざまにレンの方を見た。目が合った瞬間、レンの耳の中で幻聴と混ざった声が、かすかに「レン……」と呟いたような気がした。だがそれは本当なのか、幻なのか、判別がつかなかった。

査察官のリーダーがこちらを睨む。冷たい視線は容赦がなく、周囲に「これ以上干渉するな」という圧を送り込んでいた。ユイは拳を握りしめた。「取り返す?」彼女は小さく言う。ミナは眉を寄せた。「でも次はもっと大きな代償が来る。レン、あなたひとりで槍を使えば――」

レンは槍を見つめた。刃の縁に薄く海藻のような模様が残り、そこに赤