月を裁く鍛冶師は人間でいる

月を裁く鍛冶師は人間でいる 第24話「第22章」

螺旋は終わりを知らず、足裏の感覚は階段の鉄壁に吸い取られていくようだった。灯火はときおり亀裂を走り、上へ上へと引き伸ばされた影だけが確かな友だった。桐生斎は肩に掛けた鍛冶袋の重みを確かめながら、前に立つ都築紗夜と白石朔の背を見た。三人の呼吸が同じ律動を刻む。塔の内側からは、糸のような細い音――囁きが常に降ってきていた。

螺旋は終わりを知らず、足裏の感覚は階段の鉄壁に吸い取られていくようだった。灯火はときおり亀裂を走り、上へ上へと引き伸ばされた影だけが確かな友だった。桐生斎は肩に掛けた鍛冶袋の重みを確かめながら、前に立つ都築紗夜と白石朔の背を見た。三人の呼吸が同じ律動を刻む。塔の内側からは、糸のような細い音――囁きが常に降ってきていた。

「あれが、月裁断機だ」紗夜の声は低く、しかし震えていた。石造りの広間に入ると視界は一変した。中央に据えられた器具は、半月を引き裂く巨大な鋏のようだった。刃の縁には金属とも光とも言えぬ薄い帯が瞬いており、その根元から、部屋中へと伸びる無数の糸が引かれていた。糸は人の声を帯びて動く。誰かの笑い、泣き声、告白。断片的な生の色が指先に触れるように流れ込んでくる。

糸は、評議の決定を運ぶ。糸は、贖いと罰の記録を運ぶ。そして糸は、月を裁くと称する者たちの道具へと集められていた。

「ここに手を掛ければ、全部壊せる」朔が駆け寄り、刃の根元を指差した。手は震えていなかった。燃えるような決意が、彼の頬を固くさせている。

斎は掌に力を込め、耳元の囁きに集中する。彼の能力は、他人が呪いによって見せられた残酷な真実を「証」として束ねることだった。糸が伝える断面を手繰れば、失われた言葉は彼の中で一つの塊となり、しばしば本来の語り手の証言へと変わる。だが、その対価は常に支払われる。真実を刃として振るうたび、彼の個人的な記憶は薄れていく。加えて、救おうと無理強いするほど呪いは逆に増幅する。

「破壊だけが答えだって?」紗夜の声が、微かに震える。紗夜は評議の公文書を盗んで見た者だった。彼女の言葉には、機械を使って人々の選択を奪う図が明瞭に映っている。「でも、もしこれを――変えられるなら、裁かれる側に選ばせる道が残せる」

朔は笑った。鋭かった。 「選ぶだって? これを選べる立場に置かれていたやつなんてどれだけいると思う。破壊だ、迷ってる暇はない」

斎は二人の顔を見た。紗夜の瞳は硬く、だがどこか壊れやすい。朔は簡単に壊れはしない。二人とも、彼が人間であり続けることを望んでくれていると信じている。だが今、ここで下す選択は彼個人の感情を越えるものだった。

斎はゆっくりと前へ出た。胸の奥が熱くなり、なんとも言えない味が口の中に広がる。彼の右手には小さなハンマーがあった。鍛冶屋の手になじんだ、それは能力を発動するときの触媒だった。糸に触れる――それは証を編む行為であり、鍛造でもある。彼は握りを固め、糸の一群に手を伸ばした。

糸はやわらかく指をすり抜ける。そこに混じるのは、ある女の哀願だった。女は家族を守るために子を差し出し、官吏の前で微笑むことを強いられた。別の糸は村の長の宣誓で、誰かが夜に連れて行かれたことを黙認した記憶だった。斎はそれらを手繰り寄せ、掌の上で撚り合わせていく。音が増幅する。糸が擦れる音は、炉に薪をくべるときの音と似ていた。熱が生じる。彼はハンマーで空を打った――音に合わせて、束ねられた証が火花を散らした。

最初の一撃で、部屋の空気が変わった。糸の囁きが一斉に高くなり、何かが唸る。刃の根元に設えられた歯車の一つが、ゆっくりと手応えを返した。斎は成功だと短く息を吐いた。だがその瞬間、掌の奥にあった記憶が、薄くずれていくのを感じた。

幼い頃、祖父に教わった燭台づくりの記憶。鉄の端を打ち、火を見つめながら聞いた祖父の笑い声。斎はそれを手繰り寄せようとしたが、糸で編まれた「証」の塊に引き寄せられ、指先から消えていく。記憶は砂のように指の間からすり抜け、戻ってはこなかった。胸に冷たい穴が空いた。名前ではない、顔でもない。ただどうしても戻せない「感じ」だけが櫛の歯に残る。

「斎?」紗夜が言う。声に心配が混じっている。「大丈夫?」

斎は首を振った。唾を飲み込む。 「――まだいける」

彼はその事実を告げなかった。記憶を一つ失ったところで、世界はやけに澄んだままだったからだ。だが胸の奥にある空白は、これから何度払えば埋められるのかを思わせ、皮膚がヒリヒリした。

朔は刃の付近で、もう一度だけ確かめるように機構を見回していた。 「何度も言うが、改造だと、こいつらが――抵抗する時間をくれるだけだ。評議が集まって、裁定が下されるまでに、彼らはまた人を差し出す。破壊が一番早い」

その言葉が届いた瞬間、機械が応えた。糸の束が震え、ひとつの声が紡がれた。それは、塔の最上層から時折下る教授の声だった。冷静で、権威に満ちた声ですべての糸を結ぶ宣言をする。宣言は刃に触れ、刃は微かに滴るような光を放った。部屋の隅で眠っていた牢の扉が一つ、ギギと軋みを立てて開く。

中から出てきたのは薄くやせた女だった。手が震え、目は光を拒むように伏せられている。糸に曳かれた彼女の記憶は、評議によって「改宗」を強制された記録だった。糸を抜かれると同時に、彼女は自分の過去の一部を奪われるように目の色を失った。

斎の「証」が機構の一歯を動かしたことが証明される。だが、その代償も明白になった。女の肩が小さく震え、口から出た言葉が細い糸となって床に落ちる。斎は自分がその糸を束ねることによって、女の記憶の何割かを奪ってしまったことを感じ取った。強制的な救済は、呪いをより密に繋げる。誰かを救ったつもりで、より大きな鎖が編まれていく。

「これが、代償か」紗夜が呟いた。彼女は女の側に寄り、肩に触れた。女は振り向かないが、指先の冷たさが伝わる。

朔がその場を飛び出し、刃に手を伸ばした。彼の声は短く、決断に満ちていた。 「もういい! おれがやる。お前らの稼ぎは――記憶の話術かもしれないが、ここにある実物は一度壊す。良いか、斎?」

斎は朔の手を振り払う代わりに、深く息を吸った。胸の裂け目が疼いた。能力で動かした歯車は、ほんの少しだが確かな希望をもたらした。だが朔のやり方は「強制」だった。刃を引き抜いて壊すとき、糸は大きな悲鳴となって広場を駆けるだろう。それがどれだけ多くの人の記憶を鋭く断ち割るか、斎は知っていた。

「朔、やめてくれ」斎の声は低かったが、抑えきれない焦りが滲む。「壊せば――あの女のような者が、もっと無理矢理何かを取られる。ここにあるのは――選べない記憶じゃない。選択を奪われた記憶だ。もし破壊するなら、その先にあるのは混乱だけだ」

朔の手は止まらない。彼は刃の根に巻かれた太い糸を剥がそうとした。糸は粘り、朔の指に冷たくまとわりつく。 「俺はもう、誰かを差し出す奴らを見たくない。選ばせるなんて甘い理想は、評議がある限り夢だ。今日終わらせるんだ」

紗夜は朔の腕にしがみついた。爪の跡が白く残る。 「朔、お願い、考えて。これを破壊しても、ここで終わるとは限らない。機械の一部が壊れたとき、評議は——」

そのとき、機械の中心部から低い声が流れた。金属と糸が共鳴して発する音は、人の声とは違う。無色に近い冷たさがあった。

「外科的破壊を拒否。操作は同意により――継承を要請する」

部屋の温度が変わり、糸が一斉に彼らの周囲を現代の網のように覆った。糸は朔の手首へと絡みつき、彼の皮膚に冷たい圧力を与える。朔は鋼のように眉を寄せるが、動きを