嘘を継ぐ裁判官は死者の声を聞く

嘘を継ぐ裁判官は死者の声を聞く 第23話「第21章」

曇った窓越しに、細い雨の縞が軍施設の外壁を滑り落ちていた。コンクリートと鉄の匂いが混じった室内で、ユウリは掌の震えを確かめるように指先を擦った。外套の袖が濡れた窓に触れ、冷たさが骨まで浸みる。

曇った窓越しに、細い雨の縞が軍施設の外壁を滑り落ちていた。コンクリートと鉄の匂いが混じった室内で、ユウリは掌の震えを確かめるように指先を擦った。外套の袖が濡れた窓に触れ、冷たさが骨まで浸みる。

「やるか」

ミラの声は低く、必要以上に落ち着いていた。向かい合う机の上には、封筒と古い軍の身分票が一枚だけ散らされている。封筒の中から取り出したのは、昨夜見つけたばかりの死者、下士官イザベルの小さな遺品——黒ずんだ革の髪留めだった。イザベルは戦線で倒れ、誰にも弔われることのない声を抱えて消えた。ユウリはその声を継ぐことができる。だが代償は確かめておかなければならない。

「短いのにする。命令系統の一断面だけ。多くは継がない」ユウリは息を吐く。継ぐ——死者の残した断片的な証言を「束ねる」ことで、当事者たちが語ると同等の証言として再現する技術。だが、真実の重さが増すほど、ユウリの内側の何かが薄れていく。しかも、救いを押し付けるような使い方をすると呪いが叫ぶように膨れる。

ミラが机に置いた小さな杯を指で弾いた。薄い金属音が、湿った空気に吸われるように消えた。

「イザベル、何が聞こえる?」ミラが促す。

ユウリは目を閉じ、耳蓋に指を当てる。風景のように、声が遠くに立ち上がる。最初は紙をめくるようにかすかな紙片が擦れる音。次第に、匍匐前進の足音、上官の短い指示、引き金の火花。イザベルの声は生きていたときのままではない。欠けて、裂けて、他の声と混ざる。ユウリはそれらを丁寧に紡ぎ、語らせる。

「……隊は右側に回れ、航路を遮断する。レオン中尉が無線で二度命令を出した。『掃討を始めろ』。だが私は——」

声は切れて、ユウリの胸を刺すような疼きに変わった。彼は継いだ言葉を紙に書き写す。筆跡が震える。継ぐとき、頭の奥に何かが引き裂かれる感覚がある。覚えているはずの些細な情景が、ふと消えるのだ。今日はそれがどの程度かを測るための実験だった。

「記憶、試すよ」ユウリは紙を折り、目を細めた。「俺の幼い頃の、祖母の台所。鍋の蓋の柄の木製の芯、焦げ跡の匂い。名前はカナエ……」

言葉を発した瞬間、耳の中がうるさくなる。イザベルの声が、別の声と重なった。救いを約束する声、怒鳴り声、湿った土の匂い。ユウリの胸は締め付けられ、視界の輪郭が揺れる。約束——彼は、イザベルの妹に「真実を伝える」と今朝告げていた。救済を固辞できないことを口にした瞬間、呪いは反応した。

「やめて、ユウリ!」ミラの手が肩を掴む。遠くで、建物のどこかが機械的に鳴る。ユウリは口をつぐんだ。台所の光景は、確かにあったが、蓋の柄の木目だけが溶けるように薄れ、カナエの名の最後の一音がふっと消えた。声にならない空白が口の中に残る。

「どのくらい?」ミラが息を詰める。

ユウリは掌で額を押さえ、歯を噛んだ。「三十秒から二分の間で、最初の符丁が消える。約束を言葉にした瞬間、速度が跳ね上がる。救済を『強制』しようとすると、消失率は三倍。これが呪いの増幅だ」

言葉が自分の口から出たとき、ユウリの内心にある恐れが表面化した。ミラは黙って頷いた。彼女の顔に、かすかな怒りと哀惜が交錯する。

外の廊下で足音が近づいた。ドアが開き、アレンが濡れた外套を脱いで入ってきた。肩には夜の冷えが残り、彼の瞳には何かを成し遂げた者の光があった。

「やったぞ。古い友人がな、レオン──指揮部の一人、停戦ラインを引ける立場のやつが、宗務院から距離を置くって決めた」アレンは短く報告する。言葉の端々に、喜色だけでなく厳しさが混じっていた。「だが条件が一つある。議場で、公開の証言として『死者の声』を提示するなら、彼は投票棄権でも支持を明らかにする。非公開では動けない」

ユウリは反射的にイザベルの髪留めに手を伸ばす。冷えた革が掌に吸い付くようだ。公開——継ぐを議会で使うことは、法廷と宗務院の双方にとって衝撃だ。だがアレンの顔が続ける。

「だがさらなる問題がある。今夜、宗務院側の議員が『超自然的証言の逐次禁止』という予備条を議会に上程する。表向きは証拠の整合性のためだが、狙いは継ぐを法的に葬ることだ。明日の朝、まずそれがテーブルにかかる」

ミラの顔が硬くなる。ユウリは窓の方に歩み寄り、雨の向こうにぼんやりと見える兵舎の列を眺めた。兵の影が行き交い、ある者はレオンの名を囁いているのが見える。軍の分裂は表向きでは抑えられていたが、内側で亀裂が走っている。アレンが説得したのは、まさにその亀裂を利用する一手だった。

「問題は時間だな」ユウリは低く言った。指先に残る感触は、いつの間にか冷たさではなく、何かが抜け落ちた虚ろさになっていた。「継ぐを議場で使えば、相手は吹き飛ぶ。だがその代償で、俺は自分の名前や顔や、守るべき些細な記憶を失うかもしれない。保存すべき記憶──守る相手の顔を忘れたら、俺は裁判官として何が残る?」

「代償は分かっている。だが選択肢は二つしかない」アレンが肩を竦める。「今使って、法案が上程される前に流れを作る。あるいは法案が通るのを待って、継ぐを悪魔のように見せられない手段を探す。どちらも犠牲は出る」

ミラは鋭い目で二人を見比べた。「それで、もう一つ。私が聞いた話だと、議会の議事録係の一人が密かに味方になってくれた。生きている証人を装う書面と、貴方が継ぐ声を組み合わせれば、法的な抜け道が見つかるかもしれない。でもその書面を得るには──」彼女は言葉を切って、机の下にひそめた手紙を指先で押し出した。「──明日の昼までに、被害者側の生き残り三人を集めろって。私が行く。だが私一人で行くわけにいかない。あの場所は宗務院の監視が強い」

ミラの自律的な意思は、空気を変えた。仲間はもう、ユウリの一挙手一投足を待つだけではない。自ら動き、責任を負い始めている。ユウリはそのことを心の底で喜ぶと同時に、怖れた。仲間が代償を被る可能性があるからだ。

「俺は議場での継ぎ方を考える」ユウリは決めたように言った。声が安定する。そのとき、掌の内側に冷たい突き刺しが走った。消えかけていたイザベルの顔の輪郭が、完全に曖昧になっている。髪留めの曲がり角に刻まれた小さな傷も、指先の記憶から消えかけていた。

アレンが急に真面目な顔になる。「一つだけ言わせてくれ。お前が何かを失うなら、その代わりに俺たちは何かを守る。レオンは協力するが、彼は議場で『軍の名誉を損なう』証言が出るのを恐れている。公開するなら、ユウリ、お前はその場で『自発的に』その声を継ぎ、同時に我々が持つ生証を並べる。そうでなければ、彼は手を引く」

ユウリは窓の外の雨を見つめながら、指先で髪留めを擦った。記憶の喪失は数値で測れるわけではない。だが今夜、彼は確かに一部が欠けた。カナエの名の末尾が消えたことを確認したとき、胸のどこかで小さな石が落ちた。守る相手の一つを忘れてしまうかもしれない。

「選ぶことだな」ミラが静かに言った。「使うか、時間を使うか。私が生きている証人を集める。コウは軍の支持を固めに行く。アレンはレオンを説得し続ける。お前は——決断を」彼女はユウリの目をまっすぐに覗き込んだ。「それとも、待っててくれ。私たちが全部整えてからでも、継げ