骨に歌う孤児は最後の村を守る 第22話「第20章」
朝霧が広場を薄い布のように引き裂いて、まだ眠った焚き火の匂いが残っていた。東の空に細い光が裂け、骨と布と人の影が長く伸びる。レンは台の上に立っていた。腰に巻いた薄汚れた布の中で、証骨──白くすべすべとした一本の小さな骨が、心臓の鼓動に合わせてかすかに振動しているのを感じた。触れた掌に伝わるのは冷たさと、微かな金属の味。
朝霧が広場を薄い布のように引き裂いて、まだ眠った焚き火の匂いが残っていた。東の空に細い光が裂け、骨と布と人の影が長く伸びる。レンは台の上に立っていた。腰に巻いた薄汚れた布の中で、証骨──白くすべすべとした一本の小さな骨が、心臓の鼓動に合わせてかすかに振動しているのを感じた。触れた掌に伝わるのは冷たさと、微かな金属の味。
人々は二重の輪になって広場を取り囲んでいた。背後の屋根からは子供の頬がのぞき、若者は両腕を組み、年寄りは杖を突いている。みな黙っている。前日まで怒鳴り合っていた顔が、今は静かに「待つ」という形をしている。レンの指先が骨の表面を辿ると、まるでそこからさざ波のような声が漏れ出すように思えた。声はまだ誰のものでもなく、遠い海からの反響のようだ。
「レン、やめてくれ」カイトが前に飛び出し、台の下で拳を握りしめた。額に汗が滲んでいる。普段は大声で笑う彼の声が、今日だけは震えている。
レンは目を閉じて呼吸を整えた。目を閉じると、いつもどおり――いや、いつも以上に記憶がざわついた。ミラの傷を縫ったときの針の冷たさ。トネ婆が夜にくれた干し柿の甘さ。全部、指の隙間から砂が零れるように薄れていく。名前や場所や、いくつかの小さな出来事が、事前に思っていたより速く消えていった。胸のどこかが穴を開けられるように疼く。だが当てなくてはならない。村は、今日ここで目を覚まさせなければならない。
「証骨を使えば、あの人たちの声が――あのときの真実が、全員に届く。裁きじゃない、知ることだ。そうすればもう支配は嘘で繋げられない」レンは声を震わせながらも台の上で骨を掲げた。音は出なかった。ただ、空気がひんやりと締まった。
「それで、お前は何を失うんだ?」カイトは低く言った。歯が見える。レンは自分の掌にあるものを見つめた。掌の中の証骨が、光を吸ってさらに白く見えた。使うたびに、彼女は自分の記憶を引き出し、誰かの記憶と繋げる。記憶が少しずつ薄れること。真実を無理に押し付ければ、呪いが羽根を広げること。それはみんな知っている。いや、「知っているはず」だった。
集まった仲間たちの顔がばらばらに動いた。ミラはレンの横にゆっくり歩み寄ると、レンの手を取った。指先が触れると、短い暖かさが一瞬走った。ミラの目は決意で光っていた。「レン、私が声を出す。自分の言葉で、みんなに話す。強制じゃない。私たちが、自分で選ぶ形なら―」その言葉を言い終えた瞬間、後ろで小さなざわめきが起こった。何人かがうなずき、何人かは首を振った。
「お前はそんなことをさせるつもりか!」カイトが台に飛び乗り、レンの前に立ちはだかった。腕の筋が隆起し、目に怒りが満ちる。「おまえが失うものは自分だけじゃない。村全体の呪いが――今よりもひどくなる。家族が――」
言葉の途中で、カイトの顔が変わった。レンの握る証骨が、不意に柔らかな音を立て、骨の表面から遠い過去の調べが漏れた。その瞬間、カイトは異様な顔で目を閉じた。彼の眉間に深い皺が寄り、口元が震える。誰かが彼の耳元で何かを囁いたのではない。レンの骨が見せたのは、カイト自身の中にあった、忘れていた記憶だった。泥の中に横たわった小さな手、燃えた屋根の匂い、涙でこすった小さな顔。カイトはそれを見ていた。レンはそれを見てはいなかった。彼女にはそれが彼にとってどんな意味かはわからなかった。手からひとつ、名前がすり抜けた。
「母の――」カイトがだめ押しのように呟いた。言葉は小さかったが、彼の顔に血が通った。ぎゅっと握りしめた拳が緩む。自分の中で封じていた何かが、証骨の歌に触れて壊れたのだ。
周囲がざわめく。誰かが顔を伏せる。子供が鼻をすすった。声にならない嗚咽が一か所から、二か所へと広がった。証骨は静かに、だが確実に歌っている。誰かの幼い記憶、誰かの恥と迷い、誰かの優しさ。それが骨の歌に紡がれ、直に人々の心を撫でた。だが同時に、レンの内側から幾つかの光が消えた。忘れてはならない小さな理由――トネ婆がくれた干し柿の味の記憶が、彼女の中で途切れた。胸の穴がまたひとつ広がる。手の震えが止まらない。
「やめろ!」村の端から、低い声が飛んだ。イオが走ってきて、台の脇で膝をついた。彼は証骨を遠ざけようと伸ばしたが、骨は彼の触れを拒むように細かく震えた。触れようとした手のひらに冷たい疼きが走り、イオは口を押さえて後ずさった。目尻に涙がにじんでいる。彼は自分が何で泣いているのかを知らないまま、ただ震えていた。
そのとき、広場の空気が変わった。足音が遠くの丘から聞こえ、だんだんと近づいてくる。木の葉を踏む音、鉄が擦れる音。誰かが立ち止まり、視線が外輪の暗がりに集まった。むき出しの鼓動のように、足音は規則正しく進んでくる。やがて、丘の稜線に三色の布が翻るのが見えた。王の血を示すものか、教会の象徴か。旗ははっきりとは見えないが、その存在だけで、広場の空気は一層冷たく引き締まった。
レンは空気の変化を感じて、骨を胸に押し当てた。歌はまだ続いている。声は一つ、また一つと形を成し、村人の中のいびつな記憶を反射していく。だが同時に、空に黒い霧のようなものがひと薄まり、生えたように見えた。木々の間から、影のようなかたまりが降りてくる。その影は痛みのように人々の皮膚を撫で、触れられた者は小さく体を屈めた。瞬間、穀物倉の扉が軋んで、内側の藁が一斉に乾いた匂いを放った。呪いが、ここに来た。
「これは……増幅だ」ミラが囁いた。彼女の声に、震えがない。恐怖を飲み込むタイプの冷静さが、彼女にはあった。ミラは台に手を伸ばし、階段を上がろうとした。レンはその手を見た。ミラは自分の証言を、声を、みずから差し出すために上がろうとしているのだ。自分の言葉を、自分の意志で与えれば、それは「救済」になる。だがレンは知っていた。救済を強制するのではなく、選択として差し出すことができたとしても、何かは変わらなかった。骨の歌は応答し、呪いは応じる。そこには秤があり、一方が増えれば他方が減る──という単純なものではない。今日の広場でそれは、目に見えて起きていた。
「トネ婆!」レンは思わず声を張った。トネ婆がゆっくりと杖をついて台の前に出てきた。腰は曲がり、白髪が風に遊ぶ。彼女は口元をしかめながらも、顔のしわに笑みを浮かべた。誰が強制しても、トネ婆は自分で語ると決めたらしい。彼女の目には驚くほどの鋭さがあった。
「私は昔、祭りで歌った。王様はいい人だって言われた。私もそう思いたかった。だが見たことを見ないふりをした。子供の泣き声を、母の苦しみを、私は隠した」トネ婆の声は砂を噛むように掠れていたが、それが堂々と広場に響いた。誰もがその声を聞いた。証骨は喉の奥で柔らかく鳴り、トネ婆の記憶と繋がった。だがそれは、レンが骨を振るって強制的に見せたものとは違った。ここにあるのは「自分が選んで語った事実」だ。
すると、不思議なことに、増幅の影がすっと薄れた。影が戻っていく。村中の小さな痛みが和らぎ、少しずつ息を取り戻した。証骨の歌は続いているが、音色が変わった。冷たい弦楽器のようだったのが、手のひらにふれる暖かい弦の音に変わったように感じられた。選択で語られた真実は、呪いを