影を売る修道女は赦しを拒まない

影を売る修道女は赦しを拒まない 第8話「第7章」

街灯が一本、また一本と、針の音のように消えていった。黄ばんだガラスの向こうで空気が薄くなるのを、誰も言葉にしない。イレナは長い祈り掛けを終えたばかりのように腹の前で軽く手を組み、外套の縁を指先で撫でた。風が古い布に触れると、そこに縫い込まれた小さな十字がわずかにこすれる音がした。

街灯が一本、また一本と、針の音のように消えていった。黄ばんだガラスの向こうで空気が薄くなるのを、誰も言葉にしない。イレナは長い祈り掛けを終えたばかりのように腹の前で軽く手を組み、外套の縁を指先で撫でた。風が古い布に触れると、そこに縫い込まれた小さな十字がわずかにこすれる音がした。

「ここは三番街、あの角の家の女だ」とミロが囁いた。彼は革表紙の台帳を抱えており、ページの端を指で弾きながら歩いてくる。光の薄さが、彼の目の下に深い影を作った。台帳の匂いは煤と湿った紙、そして古い油の混じった鉄のような匂いだった。

角の家から、低いうめき声が漏れた。扉は半ば開き、薄闇の中で老女が腰掛けている。背中は丸く、指は茶色く瘦せていた。彼女の足元で、影がゆっくりと剥がれるように滑っていった。皮膚の下から抜け出すものでもあるかのように、影は地面に沿って薄くのたうち、やがてふわりと宙に浮いた。

「やめて、こらえるのよ」イレナが言った。声は低く、しかし確かな温度を持っていた。その口調だけで、老女は少しだけ顔をあげた。瞳は濁っていて、焦点が定まらない。影が離れていく音は、かすかな砂嵐のように耳を打つ。

「私の影が…」老女は呟き、手を前に伸ばした。しかし彼女の指先は空間をかすめるだけで、影は冷たく離れていく。目の奥に収まっていた記憶が、薄くこぼれ出しているのが見える。特徴的な皺の形、孫の名前、朝に飲んでいた濃い紅茶の香り——そういった個々の粒子が、指先からこぼれ落ちるように消えていった。

「選ぶ場を与えてほしい、って言ったじゃないか。強制はしない」ミロがすばやく言った。台帳を抱えた腕に力が入る。彼は頁の一節を指差した。「古い村法では、影は『交換』された。儀礼があって、互いに影を確認し合い、返すための約束があったらしい。勝手に取る者はいなかったとある」

「今は勝手に離れるんだ」イレナは老女の顔を見た。指先に、ほんの少しだけ熱を感じる。熱は彼女の掌から伝わって、空中の薄い影に吸い込まれるような錯覚を起こした。イレナはいつも通りに影を"集める"ことができる。――だが、ここ数日は違った。集めようとせず、問いかけをするだけにしている。相手が同意するかどうか。選びたければ選ばせる。拒むならば、そこに手は伸ばさない。

老女は小さな笑いを漏らした。笑いは乾いて大きく、帯びた帽子の縁を通り越して部屋の隅へ消えた。「選ぶって…私、何を選べばいいのかしら。影を持つこと?それとも…」言葉は途中で細く引き裂かれた。

影はもう地面にはない。暗い室内の空気が急に重くなり、街灯の一本が消えた拍子に、老女の瞳が一瞬、闇に吸い込まれたように見えた。ミロが素早く手を伸ばし、彼女の腕を掴む。掌の感触は紙のように薄く、骨だけが指先に残るようだった。

「戻っておいで」とイレナは静かに言った。決して命令口調ではない。もし願いが届くなら、彼女は願いに従うだけだ。老女の唇は震え、何かを探すように喉を鳴らした。だが探すべきものはもう指先の陰にない。代わりに、彼女は何かを思い出しては、すぐにそれを失う。孫の顔、昔の市場の匂い、左手にあった小さな傷跡——一つ一つが煙のように消えていく。

そのとき、居間の影たちが、互いに寄り添うように動いた。ほんの一瞬、影が輪を描いて浮かび上がり、低いうなりのような音が部屋を満たす。イレナは後ずさりした。手の中の十字が冷たくなる。集めるときと異なり、彼女には何も奪われない。ただ見ているだけで、胸の奥がひりつくように痛んだ。

「見えるか、ミロ?」彼女は声を張らない。問いかけは不要かと思っていたが、確認が欲しかった。ミロは台帳を背に抱え直し、古紙からこぼれ落ちる文字をもう一度追った。「影が意思を持っている、というよりも…『結びつき』の一部が暴走している。台帳の字によれば、本来は互いの記憶を保持するための交替だった。片方が離れると、残された者の記憶が不安定になるとある」

「不安定というのは、忘却のことか、それとも……」イレナは老女の白い手に触れた。皮膚は暑く、しかし感覚は薄い。口に含んでいたコーディアルの甘さを思い出そうとしたが、味の輪郭がぼやけている。名前が、ひとつ消えかけている。誰の笑顔だったかが、指の隙間から滑り落ちていく。

老女の瞳はさらに虚ろになり、彼女は自分の足元にあった編み物を無自覚にほどき始めた。手が勝手に動く。ミロは困惑の色を浮かべた。「我々が勝手に影を集めなければ、こうはならなかったはずだ。だが追い返すことも違う。選ばせるというのは、ただの拘りだろうか」

「私が強制したら?」イレナが問い返す。口元に、薄い笑いが漏れた。「私が彼女から影を奪って、彼女を完全に救うと宣言したら?」

「ああ」ミロは即座に首を振った。台帳の紙が小さな音を立ててページをめくる。「台帳には禁忌がある。影を『与える』ときには双方向の確認が必要だとある。強制された影は『根を焼かれた』と記される――元に戻らず、代償として回りに痛みを撒き散らす、と書いてある」

「痛みって、どういう?」イレナの手に冷たい汗がにじんだ。彼女は自分の掌を見つめる。影を拾い上げるたびに、彼女の内側から何かが薄れていく。その痕跡はいつも小さかった。子供の頃に遊んだ路地の匂い、修道院の古い本棚の木の感触、初めて教会の鐘を聞いた朝の名前——それらは、証言を集め、真実を明らかにするごとに、少しずつ曖昧になった。だが台帳が言う「根を焼かれた影」は、失われた記憶を取り返せないばかりか、周囲の者の影も揺らす。悲鳴と空虚、習慣が剥がれる音がそこに記されていた。

老女の影は部屋の中央でふわりと円を描いた後、やがてふたつに裂けた。一方は天井へ昇り、紙細工のようにひらひらと降り、もう一方は老女の後ろでしぼんだ。しぼんだ影はまるで吸い取られるように消え、老女が突然立ち上がった。彼女の動きは正確で、しかし狙ったものがないロボットのようだった。口を開くと、言葉が行き場を失って床に落ちた。

「私は…」老女は言葉を探した。棚に置かれた小さな鈴を手に取るが、鈴の名を思い出せない。ミロがそれを取って、やさしく彼女の掌に戻す。「これが孫の結婚祝いだった、と言えるか?」と彼は促す。老女は首を振り、目を閉じた。記憶が壁の向こうに閉じ込められたようだ。

「我々のやり方が人を不自由にしているのなら」イレナは静かに言った。「ならばやり方を変える。選択を与える。影を取るのではなく、影を分かち合う。戻すための席を用意する。それでいいはずだ」

だが言葉と行為の間には深い谷がある。イレナは自分の内側に生まれる空洞を感じていた。台帳を覗き込んだミロの表情が変わる。彼は一枚の頁を指差した。そこには小さな字で、ぎこちなく書かれた一行が眠っていた。

「『交わされた影は、真実と引き換えに記憶を巡る。返還の際にも等価の保持が必要。片方の犠牲は共同体に影響を及ぼす』――つまり、影を返す儀礼は記憶の交換を保証していた。保証が欠ければ、受け取る側の記憶が空白になる」

「記憶を巡る、だって?」イレナはページを指で押さえた。紙の繊維が指先にざらついた。彼女はすぐに自分の左手首にある痣を見た。痣の形はいつもそこにあったはず