聖女薬店

聖女薬店 第5話「第4章」

朝の市役所広場は、いつもより人が多かった。青空を仰ぐ木々の影が、石造りの建物の壁に網目模様を落とす。リリアは前掛けのポケットに薄紙を詰め込み、肩に担いだ籠の中で赤い小瓶が静かに揺れるのを感じた。籠の取っ手に指を絡めたまま、彼女は深呼吸をして自分の目的を確かめる――町の役人たちと領主側、そして聖女礼賛の説教師が集まる公聴会で、薬屋として「再現できる」治療を示すことだ。

朝の市役所広場は、いつもより人が多かった。青空を仰ぐ木々の影が、石造りの建物の壁に網目模様を落とす。リリアは前掛けのポケットに薄紙を詰め込み、肩に担いだ籠の中で赤い小瓶が静かに揺れるのを感じた。籠の取っ手に指を絡めたまま、彼女は深呼吸をして自分の目的を確かめる――町の役人たちと領主側、そして聖女礼賛の説教師が集まる公聴会で、薬屋として「再現できる」治療を示すことだ。

「リリア先生、準備はいいかね」

マルコの声が背後からした。彼は汗でぬれた額に手を当て、心配そうにこちらを見ている。彼の首にはいつもの破れた革の首輪。今日はいつもより目立つ位置にあるように見えた。

「ええ。イレナさんが患者を世話してくれてる。あとは書面を配るだけ」

リリアはすっと背を伸ばし、籠から小さな木製の台を取り出して広げた。上に並べたのは、煮出したハーブの抽出液、炭酸塩で中和した保存溶液、小瓶に詰めた軟膏、それに薄紙に刷られた処方の写し。どれも彼女が自分の手で調整したものだ。台の上で、彼女は用意してきた一枚の紙を広げる。上端には三つの見出しが黒い墨で整然と並ぶ――成分、温度、時間。

「今日ここで説明するのは、これまでに私が行ってきた処方のうち、再現性の高い簡易処方です。成分、温度、時間を必ず書面で示して、患者さんにもお渡しします。誰でも同じ手順を踏めば、同じ結果が得られるようにするのが私のやり方です」

人々のざわめきに混じって、聖女派の説教師が前に出て睨むように見つめた。彼は長い黒衣に身を包み、顔には信念の固さが刻まれている。領主側の執事が腕を組み、冷ややかな微笑を浮かべたままこちらを観察している。リリアは彼らを見返す代わりに、袖の中からさらに小さな紙束を取り出して配り始めた。

「これは具体的な処方の写しです。成分はこの三種、抽出は五十度で十分、外用は一日二回を四日間。これが再現の要点です。書かれていない手順は、再現できない。『口約束の奇跡』で済ませてしまえば、結果も運任せになります」

女の子の母親が息を詰めて頷く。子どもは肩で浅く息をしていて、目の下に薄い紫色の影があった。風枯れ病の初期症状だ。説教師の支持者数人が小声で不安げに囁く。リリアはその目つきを見て、台の上から手を伸ばした。

「実際に見せましょう。患者さんと原料に触れてみます。触れる――同時に行います」

彼女は言葉を切ると、籠から小皿を取り、小さなハーブの束を手にした。そのまま女の子の肩に軽く触れる――そして同時に、右手に持ったハーブを掌に押し付けるようにして両方に接触させた。掌の感触は冷たく、微かな振動が指先をつたう。調合視を発動させるときの、いつもの儀式めいた動きだ。リリアは意識を集中して、先に紙に書いた三項を声に出す。

「成分:月桂、矢車菊抽出、鹹化保存溶液。温度:五十度。時間:十分間、外用一日二回を四日間。」

彼女の声は静かだが確固としていた。群衆の中にざわめきが生じる。説明通りの三項が、ただの紙切れではなく行為の一部であることを、人々は見ていた。

掌からは見えない糸のようなものが伸び、女の子の皮膚の上に柔らかな光の波紋が広がるのが、彼女には感じられた。皮膚表面のざらつきがなめらかになり、呼吸の浅さが少し緩んだ。周囲からは安堵のため息が漏れる。イレナが傍らで頷き、小さな毛布を膝にかける。

「おお……」

説教師が思わず声を漏らした。執事は眉を寄せ、領主の目はさらに冷たくなる。リリアは呼吸を整えると、掌から材料をそっと離した。行為は終わった。だが、能力の代償は必ずやってくる。

数分後、女の子は眠り込むように目を閉じ、顔色が落ち着く。母親は涙をこらえきれず頬をぬぐった。群衆からは拍手に似た小さな歓声が上がった。イレナが近づいてきて、低い声でささやく。

「よかったわ。大丈夫みたい。作り方もちゃんと渡した。町の人たちにも理解は広がりそうよ」

リリアは笑って首を振った。だが笑顔の裏で、彼女の記憶の一部が空っぽになっていくのを感じた。最初は指先の小さな違和感――昨日の午後、何をしていたかがすっと抜け落ちる。夕食の味、マルコと交わした短い冗談、店の小さな修繕を話し合った場面の一コマ。そうしたささいな映像が次々にスリットのように消えていった。

「また……」

リリアは掌を見つめ、そこに残ったかすかな白い線を確かめる。右腕の手首寄りに、ほのかに白い瘢痕が一筋、薄く浮かんでいた。まだ小さいが、触れるとひんやりとした感触が残る。調合視を使うたびに刻まれる印だ。胸の奥に冷たい痛みが差し、彼女はふっと息を吐いた。

「先生、無理しないで」

マルコが心配そうに体を寄せる。彼の顔には、あの子を助けられたという安堵と、何かを守るべきだという決意が混ざっている。リリアはうなずきながらも、ほとんど反射的に渡したはずの処方の一枚をもう一度台から取り上げ、配り残しがないか確認した。指先が紙の繊維を探るが、どこか感覚が遠い。

「説明は繰り返すわ。処方は必ず守ってください。温度を下げたり、時間を縮めたりすると効果が出ません。口頭の約束だけではなく、書面での再現をお願いします」

彼女の声は、先ほどよりやや硬い。壇上にいる説教師が前に出てきて、声を荒げた。

「それが本当に薬か! 聖女の祝福に勝るものがあるのか? こんな”紙切れ”で人々を惑わすつもりか!」

一人の若い男が説教師に同調して叫んだ。領主の執事がそれを口実にして、役所に正式な苦情を申し立てる構えを見せる。リリアは顔を曇らせたが、背後に並ぶ住民の顔を見てなおのこと毅然とした。

「私は奇跡を否定するつもりはありません。奇跡が助けることもあるでしょう。ただ、日常的に人を救う術は必要です。ここにあるものは、再現性のある処方で、誰でも同じ手順を踏めば再現できます。それが私の目標です」

小さな輪ができ、数人が静かに頷いた。イレナが横から補足する。

「私たちは病床で見てきました。対症療法だけでは限界がある。リリアさんの方法は、患者に説明し、家族が再現することで、院に頼らずとも継続的なケアが可能になります」

説教師は一歩引いた。だが彼の支持者の一部は、領主の利益と結託している。領主は町の税収や統治の安定を第一に考える。薬屋の台頭が、領主の権威や聖女の影響力を揺るがすと判断すれば、何らかの手を打つだろう。

公聴会の後、役場の執務室で領主の側近二人が低い声で話していた。壁の向こうからは町のざわめきがかすかに漏れる。リリアはマルコとイレナとともに外に出て、広場の一角で残りの処方を整理していた。

「領主さまは、これをどう見るかしらね」イレナがつぶやく。彼女の声には、心配と好奇の両方が混ざっていた。

そこへ、一人の使者が影のように近づいてきた。黒い服に紐で留めた徽章。使者は一礼すると冷静に言った。

「領主様からの伝言です。しばらく研究や配布は控えるように。公の秩序と聖女の権威との調整のために、当方の許可を得た活動のみを認める旨、命じられました」

マルコの頬が硬直する。イレナは眉を顰めた。リリアは淡々と書類を輪ゴムでまとめながら、ゆっくりと顔を上げた。

「つまり、認められるまでは店を開けるな、ということ