魔法学園

魔法学園 第19話「第十七章 裂かれた盟約」

朝の報道が学園の小さな広場をざわつかせていた。寒桜がほころび始めたころ、携えた幟(のぼり)と写真を掲げる記者たちの向こうで、バロン・ロヴェールの冷たい笑顔がスクリーンに映っている。白いスーツの裾が風に揺れ、彼の言葉は無垢に錆びついて学園の胸に刺さった。

朝の報道が学園の小さな広場をざわつかせていた。寒桜がほころび始めたころ、携えた幟(のぼり)と写真を掲げる記者たちの向こうで、バロン・ロヴェールの冷たい笑顔がスクリーンに映っている。白いスーツの裾が風に揺れ、彼の言葉は無垢に錆びついて学園の胸に刺さった。

「我が領は産業で栄えねばならぬ。『根源採掘社』の技術は未来への橋だ。白樺学園とも円満に話をつけられるだろう。互恵だ、互恵を我々は望む——」

その言葉は、祝賀ではなく、整理と代償の告知に聞こえた。校舎の窓から顔を出した生徒たちの表情が硬い。翔平は通りに出て、群衆のざわめきを遠目に見つめた。校長室に続く廊下の空気は、朝とは似つかわしくない緊張を孕んでいる。

「バロンが協力を表明した――って、本当に?」黒田蓮の声が硬い。学生会長らしい迅速さで廊下に駆け出し、翔平のそばに立った。蓮の手はいつものように堅く握られている。目には怒りと焦りが混じっていた。

「本当だ。領に説明に出た代表が映像を送ってきた」白川校長は椅子に沈みそうな声で言った。「だが、領主が口添えしたからといって、我々まで手を貸す訳にはいかん。学園の安全と生徒の未来を売るわけには──」

「買収だ」黒田が短く吐き捨てた。だが、言葉に続いて誰かが冷笑を浮かべる。窓際に立つ事務員、田所が目を逸らした。何かが彼の肩を重くしているのが見て取れる。

翔平は、やはり胸に沈む石のような不安を感じた。バロンは以前から金をちらつかせる男だ。だが今朝の映像には別の、もっと冷たい影があった。画面下に小さく流れるテロップ。それは見慣れた企業名を映し出していた——根源採掘社。根採社。読み上げられる社名は、公的な礼賛と共に、学園の未来を引き裂く種子を撒いていた。

そのとき、ナース室から慌ただしい足音が聞こえた。ユイの声が震えている。「翔平先生、来てください。子どもの手が——」

駆けつけると、入学して間もない低学年の少女が、廊下でぐったりと座り込んでいた。額には冷や汗、指先は浅黒く、震えが止まらない。手には昔使われていた小さな木製定規と同じ材質の欠片が握られていた。誰かがそこを引っ張ったように、定規の先端の刻印が一部、無惨に削り取られていた。

「昨夜、教室の備品を整理していたら……この子が見つけたんです。何かに怯えて逃げてきて」田所の声に苦さが混じる。彼の瞳は真っ直ぐに翔平を見た。視線に謝罪と恐れが見える。

翔平は膝をつき、少女の手の中の欠片をそっと覗き込んだ。刻印の一部が無くなっている。あの刻印はただの古びた模様ではない。筆跡のように並んだ小さな刻みは、初級教学の動作同期を補助する符列だった。翔平は、少し前に机上で確かめたことを思い出す。欠片が紛失すれば、元の機能は損なわれる。だがもっと悪いのは、その欠片が外部へと渡った可能性だ。

「誰か、教室に入っていたか?」翔平の声は静かだが鋭い。少女は首を振った。震えが止まらない。だが田所の体が僅かに固まった。

「昨夜、忘れ物の連絡で夜間に入った者の姿を、監視カメラが捉えています。正確には……入り混じった人物が、裏口から出て行ったのが映っていました」田所は言いよどんだ。「映像は消されていましたが、足跡だけが残っていた——泥のパターンが、根採社の作業靴のものと一致するという報告が、商工会からありました」

根採社の作業靴。耳にした瞬間、生徒や教師の顔から血の気が引いた。バロンと根採社。表で握手をしながら、裏で学園の欠片を持ち去る——その可能性は現実味を帯びていた。

「ミラノに確認を取ろう」翔平は立ち上がる。ミラノは午前中に地域の資料庫を回っているはずだ。学術的な直感が彼の肩を押す。だが、廊下の片隅で黒田が低い声を上げた。

「誰かがやった。ここに潜り込んでいる。もし根採社の工作員なら、ただの盗みじゃ済まない。刻印を集めれば、あの装置で何か利用するつもりだ!」

黒田の怒りは純粋ですらある。だが翔平は、彼の指先が震えるのを見て、言葉を掛けた。「蓮、落ち着け。やるべきは感情じゃない。情報だ。誰が、どこで、どのように——それを確かめるんだ」

黒田の拳が戻る。彼は生徒でありながら、仲間を守る盾だ。だが盾を振るうとき、学園は壊れる。翔平はいつものように教育者としての制御を選ぶ。思想が行動を決める瞬間だ。

──その日の午後、ミラノと短い会合が持たれた。図書資料、地域の納品記録、根採社の装備写真を並べ、手のひら大の欠片と見比べる。ミラノの指が、欠片の刻印に触れる。わずかな痺れのような感触が翔平の腕を走った。ミラノは顔色を変え、窓の外の空を見た。

「これは……試作段階の共鳴器で使われている刻印に一致します」彼は静かに言った。「根採社は、刻印のパターンを解析して、装置の周波数を補正している。欠片を外部に持ち出し、装置に組み込んだ形跡があります。つまり——」

「彼らが刻印を直接使って、我々の教学のリズムを解析している」翔平がつぶやく。言葉が冷えて喉に沈む。もし刻印が装置の一部として機能しているなら、根採社は初級教学の動作同期を外部で再現し、人工的な“理解”を作ろうとしている可能性がある。そうなれば、彼らの目的は学園を越えた規模での搾取だ。奪った“理解”を吸い上げるためのレシピ――それが見えてくる。

会議室の扉がノックされ、田所が顔を出した。顔色が青い。「ユイさんの書庫の古文書、一部が無くなっていました。ユイさんが家族の調べものとして持ってきていた断片の写しです。彼女が見せるはずだった頁が——」

ユイは廊下の端で硬直していた。髪を指の腹で撫でる仕草が小刻みに震える。壊れそうな音が胸から漏れる。誰かが彼女の手元を探り、古い旋律の断片を奪った。彼女の母方の伝承に由来するかもしれない文書の断片。その盗難は彼女の不安を深めた。

「彼女の歌の源——もしそれが狙われたというのなら」ミラノは顔を曇らせた。「根採社は調査を遮断するために情報と物証の両方を消す動きをしている。取り返す必要がある」

「奪われた刻印と文書を取り戻す」黒田の声は震えを含んでいた。「校外へ出るべきだ。夜襲で、あの拠点に潜り込む。僕が行く、蓮が行く、俺たちで——」

その瞬間、白川校長が掌を打った。小さな音が廊下の空気を切った。「黙れ、蓮。こちらは教育機関だ。私怨で武力行使するのは許されぬ。先ずは正規の手続きを踏む。警察、議会への陳情、メディアの追及——」

「バロンは議会で手を廻すだろう。警察も、根採社の金と影響下にある」黒田が言い返す。彼の目は、誰よりも鋭い。校長の心根は正しいが、速度が足りない。時間は残酷だ。刻印は一つでも、装置の調整には一助となる。差し迫った被害が進行している今、待ってはくれない。

翔平は二人の間に立った。教室での授業の問いかけのように、言葉を選んだ。「蓮、白川さん。暴力は避けなければならない。だが、待つだけでもいけない。私たちができることはある。だが、いくつかの条件を守る」

二人が顔を上げた。翔平はゆっくりと続ける。「まず、不正な強制は絶対に行わない。誰を相手にしても、教えるという行為は合意がなければ成立しない。二つ目、もし外へ出るなら私は行く。だが、私は術者ではない。私の力